兄からの忠告 ふいに、兄の手が離れたかと思えば、まだ傍観したいという四川と司を引きずろうとしていた店長の元へ向かう兄。 「井上君」 そう、店長の名前を呼ぶ兄に店長は露骨に緊張を表した。 二人は学生時代の知り合いだそうだが、二人の間の空気はどこか殺伐としている。 もしかしていきなり殴りかかったりしないだろうなとひやひやしながら眺めていると、ふいに、兄が手を出した。 「…私は君のことを信用してもいいんですか?」 「…!」 自分に向けられた手が、握手を求めるものだと気付いた店長は一瞬ぎょっとし、そしてすぐ「ええ」と笑顔でその手を握り返す。 おお、あの兄が店長と仲直りを! 驚いたと同時に以前の兄なら考えられない行動に兄も成長したのだろうと嬉しく思った矢先だった。 「って、いたたたたたたた痛い痛い痛い!」 「佳那汰を泣かせたりでもしたら許しませんよ。それと、今度ハルカに妙な色目を使ったりでもしたら…」 「はいはいはしませんしませんしませんから!もげる!関節がもげる!」 ……やはり相変わらずだった。 「俺の形の整った美しい指が変形する」だとかなんとか言い出す店長から慌てて兄を引き剥がす。 そして、ようやく店長を離した兄が目をつけたのは司と一緒にテレビを見ていた四川だった。 「それと、そこの君」 まさか今度は四川に喧嘩売りするつもりかと兄の腕を掴む手にぎゅっと力を入れて抱き締めれば、兄はちらりとこちらを見て、すぐに四川に目を移す。 「弟を助けてくれたのは感謝します」 そう、悔しそうながらも頭を下げる兄に頭を下げられた四川は相変わらず不機嫌な様子で。 「拉致ったことへの謝罪はないわけ?」 「拉致?なんのことですか?」 「おい、まさかしらばっくれてんじゃねーだろうな。ここに連れてこられたときのことを言ってんだよ」 「恐らく、下の者が勝手に動いたんでしょう。部下へは私の方からキツく言っておきますので」 「あんたなぁ…」 「ですが、ある程度の原因がなければうちの部下は動かないはずですが…。例えば、私の可愛い弟に不貞を働いたりと」 「不貞ぃ?」 これはまずい。 負けず嫌いご二人揃い、流れる一発触発の空気に 慌てて俺は四川と兄の間に立った。 「お兄ちゃん、もうやめろってばっ!」 「佳那汰」 「こいつは、確かに目つき悪いし口も悪いし態度もクソ生意気だけどほら、珍しく優しいと思えばすぐ見返りを求めてくるようなやつだけどそんな打算含めて助けてくれたことには代わりねーんだからいいんだよ!取り敢えずなに言っても暴言投げ掛けてくるようなやつだから口の悪いインコだと思って見なかったことにしてくれよ!お兄ちゃん、昔インコ飼ってただろっ?」 どうにかしてこれ以上揉めないように努めようとしたのだが、俺の言葉が四川の気に障ったようだ。 「てめえ、誰がイン……っ」 そして、司に羽交い締めにされていた。 「どうどう」と言いながらそのまま騒ぐ四川を引きずり部屋を後にする司。 どこまでもマイペースなやつには感服するが、取り敢えず助かった。 騒がしい奴がいなくなり静けさが戻る広間内。 「…まさか、あの佳那汰が誰かを庇おうとするなんてな。あの、イタズラがばれたら使用人に擦り付けすぐに逃げ出していた佳那汰が…」 「可愛い子には旅をさせろ、ということか」としみじみと呟く兄。ちょっとそういう思い出は思い出さなくていいですと当時、俺の代わりにこってり搾られていた使用人に心の中で土下座しながら小さくなる俺。 ふいに、ぽんと頭に手を置かれる。 顔をあげたら、こちらを見下ろしていた兄と目があって、兄は僅かに微笑んだ。 「実母ものはやめておけよ」 ほっといてくれ。 |