原田家の緊急事態

「何言っちゃってんのお前!冗談でもそんなこと口にすんじゃねえ!それもさっさと戻してこいよ!」


それもそうだ、俺の服と一緒に洗濯されるのが嫌で専用の洗濯機を取り付けた妹だ。
もし俺がハルカの服を着て飛び出してみろ。なにをされるかわからない。

いち早く冷静を取り戻した俺は慌てて四川から服を引っ手繰ろうとする。
けれど、


「時川に聞いたけど、お前女装が好きらしいしなぁ」


にたりと、四川は笑う。
どこぞの悪党みたいな凶悪な笑顔に、その口から発せられた言葉に、俺は凍り付いた。

時川って誰だ、と一瞬思考を停止したがすぐに先日最悪のタイミングで出くわしたバイト仲間のことを思い出した。
司か。


「なっ、はっ?…んなわけねーじゃん、何言ってんだよお前馬鹿かよまじで信じらんねえ」


司め…お前なに吹き込んだんだよこいつに…!
狼狽えそうになるのを必死に殺してなんでもないふりしようとするけれど、声は裏返るわ舌は噛みそうになるわ散々だ。
そしておそらく、こいつも俺の動揺に気付いているだろう。

慌てて四川の目から逃げようとするけれど、すぐに腰を掴まえられた。


「見せろよ」

「…あ…?」

「服ならこれでいいだろ。それともなんだ?他のがいいのか?」


なら探せよ、と四川は目の前に詰め込まれた大量の衣類に目を配せる。
どれもハルカのものなので、当たり前のようにひらひらやらびらびらやらしたものが多い。
今だけはあいつの人形趣味を恨んだ。


「いい加減にしろよ…っこんなことして遊ぶ暇は………」

「おいおい、ホント失礼だよなお前。探してやってんだよ、わざわざ、この俺が。もっと感謝しろよ」


どこまでも上から目線。
喋る度に吹き掛かる吐息が擽ったくて、せめて離れようとするけどがっちりと掴まれた腕は動けなくて。
それどころか、密着した背中が酷く熱くて、緊張する。
…あ、変な汗出てきた。


「これなんてどうだ?」


そういって、目の前の服の山に手を突っ込んだ四川が取り出したのはおっそろしいほど丈が短い和服だった。
おいあいつこんな丈短いの履いてるのかどうなんだそれはちょっとなしだろ。という兄として微 妙な感想はともかく、それを着せられでもしてみろ。ハルカに合わせて造られているそれを俺が着たらぽろりどころの騒ぎではない。


「…なしだろ」

「じゃあこれ」

「それ服じゃないだろ!水着だろ!しかも小学生用じゃねえか!!」

「はは、知能レベルにあってていいんじゃねえの?」


くそ、否定できないのがムカツク。

悩み、狼狽える俺を完全におちょくって楽しんでいる四川にぶちキレそうになったときだ。

不意に、天井からけたたましいサイレンの音が鳴り始めた。
一斉に屋敷全体に響き渡るその聞き覚えのある警報に、俺と四川はぎょっとする。



「ああ?うるせえな、なんだよこれ。火事か?」

「…違う……」

「なに?」

「お兄ちゃんが、帰ってきたんだ……」


血の気が引いていくのを感じながら、俺は恐る恐ると天井を見上げた。
そこに、いない兄の鬼の形相を描きながら。

mokuji
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