お嬢様の初恋



(原田波瑠香視点)


「ったく、あいつらどこを探してんのよ…ちょっと時間かかり過ぎじゃないの…?」


カナ兄を探し出せと命令したのが数時間。
どんだけ時間が掛かってるのよ。あんなにとろいカナ兄見つけるくらい簡単でしょ?
また一から教え込まないといけないわね。

そうぶつぶつと呟きながら裏庭の花に水をやっていると、それを見守っていた爺やが困ったように笑う。


「お嬢様、寂しかったのはわかりますがあまり佳那汰様方を虐めてあげないで下さい」

「爺やに言われなくてもわかってます。…それに、別に寂しくなんてありませんから」

「またそのような意地を…昔のように一緒に遊びたいのならあのような言い方はよくないですよ」


あくまでやんわりとした口調で咎めてくる爺や。
この人があたしが産まれてきたときから面倒見てくれていた使用人だからだろう、咎められたことに不快感は感じない。

だけど、


「爺やはわかってないです。普通に誘ったってカナ兄が相手してくれるわけないじゃないですか」


むっと顔をしかめて反論すれば、爺やは
「そんなこと…」となにかを言い掛ける。
そのときだ。


「あの、すみません。ここの家の方でしょうか」


ふいに、声を掛けられる。
落ち着いた艶のあるその声に、一瞬、胸の鼓動が跳ね上がる。
手にしていたジョウロを落としそうになり、つられて振り返った。

そこにはスーツを着た男の人と、大学生くらいの男の人がいた。
そのスーツの男の人を見た瞬間、今度こそジョウロを落としてしまう。
中に入った水をぶち撒けるあたしに、「お嬢様」と驚いたような顔をした爺や。
慌ててそれを拾おうとしたとき、スーツの男の人は緩やかな動作でジョウロを拾い上げ、そして、固まるあたしにゆっくりと微笑みかけた。


「……よかった、その可愛い服には掛かっていないみたいだな」

「え…あ…っ」


長い睫毛。
作り物のように整った端正な顔立ちの男の人に見詰められ、言葉が詰まる。
顔が熱くなって、動けない。


「ありがとうございます。…えっと、その、どちら様でしょうか?」

「ああ、自分は佳那汰さんの職場の者で…」


爺やに向き直るスーツの男の人の口からカナ兄の名前が出たような気がしないでもなかったけど、今、あたしの脳の処理機能はあまりのショックで正しく機能しておらず、あらゆる全てがただ通り抜けていくばかりで。
それでもただ、目の前のスーツの男の人だけは認識することができて。
それ以外は、なにも入って来ない。



「……す……」

「え?」

「素敵…………」


そう呟いた瞬間、確かに目の前の世界の色が変わった。

ああ、これが、きっとこれが、噂の。
恋というやつですね、お兄様。



mokuji
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