挑発は計画的に

柄にもないことするんじゃなかった。


「あっはっは!よえー、さっきまでの元気はどこに行ったんだよ。ブラコンお兄さん?」


頭上から落ちてくる笑い声。
そりゃ元気もなくなるわ、こんなの。
蹴られた腹がいてえし口ん中なんか切れてるっぽいし息する度に痛いし、最悪。
ハルカから甚振られていたおかげで多少タフな方だとは思っていたが、流石にこの人数は無理だ。


「っは、……ッ」

「おいおい、寝んなよ。まだ俺らの話終わってないんだからさ」

「そーそー、俺らの鬱憤まだ溜まってんだから相手してくれないと困るってー」

「っふざけ、…ッんん」


まともに反論する暇もなく、転がった体を仰向けに肩を床に押さえ付けられる。
慌てて振り払おうとするが、全身が痛み、筋肉が硬直した。
不躾に伸びてきた手が服の裾を持ち上げ、乱暴に服をたくし上げられる。


「って、え、ちょ、待てって、おい!」


なんで俺脱がされてんの。


「お兄さんって結構腰細いね〜」


腰の輪郭を確かめるように腰回りを擦られ、ぞわぞわと全身が泡立つ。
腰だけじゃない。胸も、腿も、脹脛も、誰のものかも分からない他人の無骨な指先で撫で回されて気持ちがいいわけがない。


「やっべえ、俺あの原田家の次男の体に触っちゃってる。感動」

「どうせなら好きなだけさわっとけよ。なにかご利益あったりしてな」

「はははっ!」


くそ、俺は地蔵か!ご当地マスコットか!
込み上げてくる怒りにとりあえず目の前の男をぶん殴ってやろうと拳を握り締めたが、すぐに手首を掴まれ肩同様床に押し付けられてしまう。
どんだけ身をよじっても無数の手からは逃れることができなくて、臍から胸元へと大きく開けさせられた上半身、向けられた視線に顔が熱くなる。


「お前ら、全員顔覚えたからなっ!絶対、許さねえからな…っ!」


恥ずかしさよりも馬鹿にされた事実がただ頭にくる。
赤くなった顔も隠す事ができないまま、俺はこちらを見下ろす使用人たちを睨み付ける。
正直どいつが誰なのか全くわかんねーしそれどころじゃないくらいテンパってるけど、ここで大人しくするわけにはいかない。
しかし、全員俺の言うことを真に受けた様子はなく、寧ろムキになる俺を楽しむような気配すらあった。


「おお、こわ。俺、東京湾に沈められちゃうかもー」

「なら死ぬ前に悔いの残らないようやっとこうぜ」

「あはは、賛成ー。…でも、その前に…っと」


笑い合う使用人たちの内の一人の手が目の前に伸び、顔に触れる。
伸びた前髪を徐に掻き上げられれば、遮られていた視界がより鮮明になり俺は顔を避けた。


「っやめろ、触んなっ!」


他人に顔や髪を触られるというのはどうしてこうも嫌悪感を掻き立たせられるのだろうか。
身を捩らせ、触れようとしてくる手を避けようとすれば「おい、暴れんなよ」と余計増えた手で体を押さえ付けられるわけで。
固定され、身動きが取れない中、なにやら黒い布状のもので視界を遮られる。
それがネクタイだと気付くのに然程時間は掛からなかった。


「っ、なんだよ、これ」


視界が黒くなり、なにも見えない。
これでは本当に誰が誰なのかわからないじゃないか。
青褪める俺をよそに、使用人たちは笑う。


「よし、出来上がり。これなら人数増えても大丈夫っしょ」

「おお、お前頭いいなー」


おい、さらっと恐ろしいこと言わなかったか、こいつ。
なんだよ人数増えるって、まだ増やすつもりなのかよ、っつーかそろそろ一人くらい助けてくれてもいいんじゃないのか。ここの家のやつはどれだけ使用人たちから恨まれてんだよ!


「でもさどうせこいつ、下っ端の使用人なんて知らねえだろうけど」


と、そこまで心の中でぶち撒けたとき、図星を指されて俺は固まる。

……終わった。今度こそ終わった。


mokuji
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