約束は守るもの 先ほどまでの勢いはどこにいったのか、押し黙るハルカ。 僅かにその肩がぷるぷると小刻みに震えていることに気付いたとき、目から大粒の涙が溢れ出した。 「……っ、う、うぅッ」 嗚咽を押し殺し、唇を噛み締めるハルカの頬を涙が滑り落ちていく。 真意を突き過ぎてしまったのか、まさかまじで泣き出すとは思わず狼狽える俺は恐る恐るハルカに近付いた。 「おいっ、こんくらいで泣くな…って、え」 瞬間、ガラリと音を立て襖が開いた。 そこにはゴツいスーツ姿の使用人たちがずらりと並んでいて、俺は硬直した。 それは、翔太も同じだった。 「やだっ、絶対カナ兄と遊ぶもん!」 ヒステリックな金切り声。 それを合図に、使用人たちは広間に足を踏み入れてくる。 「やばい…っ、カナちゃん逃げるよ!」 あまりの動揺に逃げ出すタイミングを失った俺の代わりに、俺の手を取った翔太は構わず走り出した。 「早く、あの二人捕まえて!抵抗するなら多少傷付けてもいいからっ!早く!ほらボサっとしてんじゃねえよ糞豚ども!!」 翔太に引っ張られるように逃げ出す俺に、とうとう余裕を無くしたハルカは凄まじい声音で吠える。 その怒声に鞭打たれるように使用人たちはあとを追いかけてきた。 長い長い廊下の中。 3年ぶりに帰ってきた俺と毎日ここで働いている使用人たちとでは、どちらが土地勘が優れているだろうか。 「何が来るかわからないからとにかく足元に気を付けて!」 うちの屋敷は、先代の趣味で様々な仕掛けが施されている。 落とし穴に落下する天井、隠し扉は当たり前で、小さい頃はよくそれを使ってハルカと隠れんぼをしていつの間にかに閉じ込められていたりしていた。 たかが三年では十七年間過ごしてきた実家の仕掛けを忘れられるか。 兄やハルカから逃れるため、あの手この手で屋敷の仕組みを利用し尽くしてきた俺は「っあぁっ!」と力強く頷き返す。 そのときだった。 強く踏み込んだ板目はがこりと音を立て凹み、次の瞬間、足場が消えた。 そう、消えた。 代わりに現れたのは大きな穴で。 落とし穴。 それに自分がハマってしまったことに気付いたときには時既に遅し。 「って、うわああああああっ!」 急速に落下していく体に、全身から血の気が引いていく。 「ちょっ!言った側からお約束しなくていいから!もうっ、カナちゃん!」 段々と遠くなる翔太の声。 次の瞬間、躊躇わずに自ら穴に飛び込んでくる翔太を最後に俺の意識は激しい落下の衝撃とともに一旦途切れることになる。 |