再会

便所を出たあとは食事のために広間へと通された。


「では、こちらがお夜食になります」


「ああ」と頷き返し、俺は畳の上へと腰を下ろす。
広いローテーブルの上、ずらりと並べられた和食は少しだけ懐かしい。
昔はこのテーブルに家族がずらりと並んで食べていたのだが、一人となるとかなりこう、あまりにもテーブルが広すぎて落ち着かない。


「向坂さん、飯は?」

「いえ、自分は……」


なんとなく気になって声を掛けたとき、ぐるぐると向坂さんのお腹が鳴る。
じわじわと赤くなる向坂さん。
思ったよりも、恥ずかしがり屋なのだろうか。
「すみません」と慌ててお腹を抑える向坂さんに、俺は取皿に適当なおかずを乗せた。

そして、


「ほら」

「そんな、それは佳那汰様のために用意されたお夜食です。自分なんかに…」

「いいから。別に誰も文句いわねえから。ほら、遠慮すんなよ」


妙に謙った向坂さんに半ば押し付けるように取皿を渡そうとした時だ。


「お待ちください、佳那汰様」


襖が開き、板前が現れる。
見たこともない、若い男だった。
新しい板前だろうか。
うちの板前は全員包丁を持たせたら任侠映画の人物みたいな貫禄があるおっさんばかりだったような気がするが、俺が居ない間に入ったのかもしれない。


「そんなこともあろうかと、ちゃんとこちらの方で向坂様の分の料理も用意させていただいてます。佳那汰様は自分の分をきちんと食べてください」


言いながら、慣れた手付きで配膳する板前に向坂さんは「えっ、いいんですか?」と目を丸くした。
合いの手を入れるようにきゅるるとお腹が音を立てている。


「向坂様はいつも頑張ってますからね。お腹が減っては佳那汰様の面倒を見ることなんてできませんよ」


なんとなく癪に障る物言いをする板前だ。
目の前にやってくる板前をじとりと睨めば、なんとなく違和感を覚えた。

…なんか、この板前、どっかで会ったような……。


「あ…じゃあ、すみません。一口だけ……」


そう、ほくほくしながら箸を手にした向坂さんが一口ぱくりと用意された料理を口にした時だった。
ごくりと喉仏が動いたと思えば、次の瞬間、向坂さんは「うっ」と呻く。
そして、バタンと音を立てそのまま後ろに倒れ込んだ。
そう、倒れた。


「っ?!こっ、向坂さん?!」


慌てて駆け寄ろうとしたときだ。


「あはははっ、ちょろいちょろい!」


その一部始終をにこにこと眺めていた板前は声高らかに笑う。
やけに記憶に残るこの癪に障る笑い方は…まさか!


「っ、お、お前は……」


白目剥いて倒れる向坂さんを抱え起こした俺は、そのまま恐る恐る板前を見上げる。


「佳那汰様、会いたかったです」


目があって、板前、もとい板前に変装した中谷翔太は被っていたズラを剥ぎ取った。
そして、服から取り出した眼鏡を掛ける。
ちょっとやそっとじゃ忘れられない派手な赤い髪は間違いなく翔太で。


「生きていたのか、翔太…!」

「お陰様でね」


「というか勝手に殺さないでくれるかな」と肩を竦める翔太は引きつったような笑みを浮かべた。

mokuji
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