アウトとセーフの境界線 (店長視点) 「えー?またかなたん連れてかれたの?忙しいねぇ、かなたんも」 そう笑う紀平の言葉に、事務室の空気が僅かに変わった。 主に、項垂れて落ち込んでいる笹山の周囲が。 先ほどから自分のメールのせいで原田が見つかってしまったと凹んでいた笹山を励ますのには時間がかかったというのにまたこの無神経ピアス野郎。 といいたいところだが、まあ、紀平がそう言うのもわかった。 「しかも、よりによって先輩に連れていかれるとはな…」 そうだ、原田に兄弟がいたところで驚きもしないが、それがミナトさんとなれば話は大きく変わってくる。 呻く俺に、笹山は顔を上げた。 「先輩って、原田さんのお兄さんなんですよね。いいんじゃないんですか?そこまで心配しなくても」 「普通の兄弟相手なら心配などしない」 「普通の方じゃないんですか?」 俺の様子から不穏なものを感じたようだ。 笹山は不思議そうな顔をした。 その問いかけに答えたのは、どっから取り出したのか棒付きキャンディを咥える紀平だった。 「んーそうだね、俺も高校ん時名前くらいなら聞いたことあったな。そういや。なんか、えらいところの坊ちゃんで、くろーい噂ばっか流れてた」 ガリガリと飴玉を噛み砕く紀平は他人事のように続ける。 こいつは気が立っているとなんでも噛み砕こうとする。音が耳障りなので止めろといつも言っているのだが、今だけは黙っておいてやろう。 俺だって、今、なにか口に入ったら間違いなく噛み砕いてしまうだろうから。 「そうだな。事実、あの人には関わらない方がいい」 「え、でも店長仲良かったんですよね」 「仲が良いというか、その、まああれだ。腐れ縁ってやつだ」 紀平に同調するように頷けば、先程まで興味無さそうに携帯弄っていた四川がぴくりと反応し、驚いたようにこちらを見る。 「っていうか、え、店長と紀平さんと原田の兄貴、同高だったんすか」 「まあ、そういうことになるのかな?」 「いい思い出は何一つないけどな」 というか、高校ではまともに話したこともなかった。 下の学年にでかいやつがいるというくらいしか知らなかったし、興味もなかった。 昔、知り合いに強引にこの店を押し付けられたとき。 まともに客も店員もいない、荒れた店内に一人残っていた店員が紀平だった。 再会しなければ、恐らくやつのことは忘れたままだったろう。 しかし、こいつの場合はそうではないようだ。 「よく言いますねー店長、かなりはっちゃけてたじゃないですか。俺らの学年でも有名でしたよー。二年に女子売むぎゅっ」 にこにことなにを言い出すのかと思いきや、ろくでもないことを言い始める紀平に慌てて「俺のことはどうでもいい!」とやつの口を塞ぐ。 このままではバイトたちに余計なことまでバラされ、更に威厳がなくなってしまいそうなので俺は大きく咳払いをし、強引に話題を変えることにした。 「しかし、まさかあの時のチビが原田だったとはな…」 「えらい兄貴に恨まれてるみたいだけどあんたなにやったんだよ」 しみじみと語れば、四川が睨むようにこちらを見た。 こいつは目付きの悪さを直したほうがいいな。 これではまるで俺が責められてるみたいではないか! 「え?原田さんになにかしたんですか?」 「人聞きの悪いこというな!俺はなにもしていない!ただ、暇だというから一緒に玩具で遊んでやっていただけだ」 「玩具って、まさか」 俺の言い方が悪かったらしく、三人の顔が凍り付いた。 どうやら良からぬ誤解をしたようだ。 このままでは面倒なので慌ててフォローする。 「いや、子供の玩具だからな?」 「ああ、なんだ…」 「あんな微弱な振動、野外目的だとしても本番に使えない!見た目の可愛さばかりに気を取られ、本来の機能性を失ったバイブは子供の玩具同然だ!」 「やっぱりそっちですか!」 「やっぱりとはなんだ!別に児ポルに引っかかるような真似はしていないぞ!ただ欲しがったから『こんなにこれが欲しいのなら可愛くお強請りしてみろ』と遊んでやっただけだ!」 「遊び方に問題がありますよ!そりゃお兄さんも怒りますよ!」 珍しく声を荒げる笹山に気圧され、俺は後ずさる。 「なぜだ…わけがわからない…触ってすらないのに…」 「あはは、店長は道徳から習い直した方がいいみたいだね」 「紀平、お前にだけは言われたくないぞ」 |