悪い子には

翔太がいなくなった浴室。
取り敢えず、ここから出なければ。
そう思いながら、縁を掴みお湯から上がろうとしたときだった。


「っ、は……」


目の前にしゃがみ込む兄の手が伸びてきて、頭を抑え付けられる。
乱暴にお湯の中に戻され、服の重みで上手くバランスが取れなかった俺は再びお湯の中に落ちた。


「なにしてる。まだ、体を洗っていないじゃないか」


スーツを脱ぎ、シャツ一枚になった兄はいいながら袖を捲る。
そして、徐にお湯の中へと入ってくる兄に俺はぎょっとした。

 
「汚れを落とすまで風呂からあがることは許可しない」

「っ、なに、言って」


馬鹿だろ、この人。
風呂は服着て入るもんじゃねーだろ。
いや、全裸になられても困るんだけど、っていうか、こっちくんな!


「ちょっ、待って、おいっ」


慌てて逃げようとするがずるりと足を滑らせてしまい、体がお湯の中に沈む。
溺れそうになった時、背後に立っていた兄から脇の下を掴まれお湯から引き上げられた。
しかし、助けてくれたわけではないようではないようだ。 


「おい?」

「ひっ」

「俺のことはお兄ちゃん呼び以外は認めないと言ったはずだ。それに、なんだその乱暴な口の聞き方は。それを言うなら『やぁ、お兄ちゃ…ダメだよぉ…そんなの、僕……っ』と言えといつも言っていただろう。少し外の世界とかかわっただけでそこまで毒されてしまうとは我が弟ながら嘆かわしい」


「お兄ちゃんは悲しいぞ、佳那汰」と、聞いてるだけでこっちのが恥ずかしくなるような言葉を真面目な顔をして紡ぐ兄になんだかもう目の前が真っ白になって。
水の中。
動きが鈍る俺をいいことに、ズボンをパンツ毎脱がそうとしてくる兄に慌てて足をバタつかせるが、足が重い。


「何言ってんだよ、ぉ……てめぇ……っ」


ずるりと脱がされると同時に下半身が軽くなったが、その浮遊感はただの恐怖に近い。
慌てて服の裾を掴み、ケツ丸出しになるのを避けようとするのだが兄はそんな俺の涙ぐましい努力を無視ししてきた。
腰を掴まれ、無理矢理下半身を浮かされる。
溺れそうになって、慌てて縁を掴んだがどうやら兄はそれを狙っていたようだ。


「違う」


そう、不機嫌な兄が低く吐き捨てたとき。
破裂したような音ともに、兄の手によって引き上げられ、外気に晒されたケツに鋭い痛みが走る。


「んんぁッ!?」


いきなりの痛みに尻を平手で叩かれたと理解するのに時間がかかった。
痺れるような痛みとともにじんじんと熱くなるそこに俺は凍りつく。
そして、慌てて兄の下から這い出ようとするが頭を抑え付けられ、縁から動けない。


「佳那汰、お前には口の聞き方というのを一から指導しなければならないみたいだな」


言いながら、軽く手首を動かし調子を確認する兄は薄く微笑んだ。
いつも無愛想で笑わない兄の笑顔は誰よりのそれよりも不気味で。
全身の血の気が引いていくのがわかった。

mokuji
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