食事にする?それとも●●●?

「風呂は」

「用意出来てます」

「そうか。使うぞ。一人足りとも入ってくるな」



え?風呂?
使用人と兄の会話に出てきた単語に嫌な予感が過る。
「承知しました」と頭を下げるスーツの横を素通りし、ピカピカに磨かれた板張りの廊下を歩いていく兄は無表情で。
やばい、やばいぞこの流れは。とガクガクと震える俺。
そのときだった。


「中谷様、ようこそおいでくださいました」


通り抜けたばかりの玄関の方からそんな使用人たちの声が聞こえ、俺は顔を上げる。
釣られるようにして振り返れば、どうやって追い付いたのかそこには翔太がいて。
翔太は兄の肩を掴み、無理矢理引き止める。


「お兄さん、話が違うじゃないですか。佳那汰は連れ戻さないという約束でしょう!」

「約束?」


立ち止まる兄は冷ややかな眼差しを翔太に向けた。

通路の真ん中で向かい合う二人と担がれた俺。
なんだこの図は。


「ほう、最初に破った君がそれを口にしますか」


兄の態度はどこまでも余所余所しく、冷め切ったものだった。
なにかを含んだようなその言葉に、ぎくりと強張る翔太。


「う…っ、だ、だって、あれは……」

「言い訳は無用です。少しでも貴方を信頼した私が馬鹿でしたね」


約束だとか、信頼だとか、どういう意味だろうか。
二人の会話についていけず、頭上に疑問符を浮かべているうちに兄は見慣れた脱衣所までやってきていて。
相変わらずどこかの旅館を連想させるような馬鹿みたいに広いそこを通り抜け、兄は浴室へと繋がる扉を勢い良く開いた。
そこに充満した湯気が視界を覆う。
そして、お湯を張った浴槽の前で足を止めた兄は俺を担ぎ直した。
嫌な予感。


「ちょっ、待っ……」


そう、兄にしがみつこうとした矢先のことだった。
先程まで俺を捕まえていた兄の手が体から離れ、ふわりと確かに俺は浮いた。
そして、次の瞬間。
どぼんと音を立て、俺の体はお湯の中に飛び込んだ。

ちょ、タンマ、俺泳げない。

mokuji
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