長男次男、帰宅。

帰りたくない。帰りたくない。帰りたくない。
どれほど声を上げても、どれほど暴れても、それから逃れることはできなくて。
店を出た路地裏。
狭く湿ったそこには酷く似合わない、眩いくらいに磨かれた兄の愛車が停められていて。
その助手席に押し込められたと思えば、当たり前のように運転席に乗り込む兄。
そして、慌てて追いかけて来る翔太を無視して車を発進させた。
慌てた翔太がなにか声を上げていたが、聞こえない。 
そして、追いかける事を無謀と悟ったようだ。
携帯電話を取り出し、どこかへと電話をかける翔太の姿がドンドン遠くなる。

二人きりの車内は酷く静かだった。
兄がイライラしているのが目に見えていたし、下手なことを言って怒られたくなかったから。
窓の外に見覚えのある景色が見えてくるにつれ、全身が震え出すのがわかった。
この車がどこへ向かっているのかはすぐに理解できた。
そして、兄がなにを考えているのかも。



どれくらい経っただろうか。
いきなり車は急ブレーキを掛け、停まる。
拍子に思いっきり窓ガラスに頭を打ってしまい、ちょっと泣いた。
兄の運転の荒さは健在のようだ。
外を一瞥し、運転席を降りた兄は助手席を開くなり頭を抑え悶える俺の首根っこを掴む。


「降りろ」

「うわっ!」


そのまま車内から引きずり出されたと思えば、脇に挟められるように抱きかかえられ、体が宙に浮く。
俺は荷物かというツッコミよりも、まさか数年経った今でも兄に持ち上げられるなんて思わなくて、昔に戻ったような錯覚に陥り掛け、はっとする。


「っ、やだ、降ろせって、降ろせってばっ!」

「喚くな、お前は一から躾けなければならないのか」

「……っ」


この声を聞くと、なにも言えなくなる。
本気で暴れたらどうにかなったのだろうが、間違いなく地面に放り投げられそうなので俺はしゅんと落ち込んだ。
くそ、どうする。どうにかして、兄から逃げなければ、このままでは本当に……。

『原田』と書かれた厳つい表札を掲げた石門を潜ってすぐ、手入れの行き届いた日本庭園を抱えられるように歩いていけばその建物は確実に近付いてきて。
広い庭に負けじと無駄に大きなその建物の前、スーツ姿の老若男女がずらりと並んでいた。


「「「お帰りなさいませ、ミナト様、カナタ様」」」


そして、兄(と抱えられた俺)がやってくると一斉に頭を下げた。
見事な九十度。
揃った声と深く折られた腰はなんら昔と変わっていない。
相変わらず、居心地は悪い。
兄の腕の中だ。良いも悪いもクソもないのだが。というか抱えられたままなのでなにをいったところで決まらないのが更になんかもういたたまれないというかいっそのこと指を指されて笑われた方がましだ。因みに俺はマゾではない。…多分。

mokuji
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