過保護系スパルタ兄の暴走

兄が店長の先輩で、店長は兄の知り合いで……。
そういうことなのだろうが、その事実を呑み込むのにはやや時間が掛かった。
確かに、同い年か近くだろうなとは思っていたが、まさか、本当に。


「……えーっと、取り敢えず、どういうことなんですか。これ」


ようやく俺の真似を止めた司は、相変わらずの無表情のまま店長と兄を交互に見た。
司も司で戸惑っているようだが、それ以上に戸惑っている男が一人。


「と、言われてもな…」


先程までの勢いはどこへいったのか、困惑する店長は苦虫を噛み潰したような顔をして唸る。
しかし、翔太というと兄と店長の関係には興味ないようで。


「店長、店長の知り合いならなんか言ってやって下さいよ!」

「面白いこと言いますね、中谷君。井上君がなにか言ったところで私には全く微塵も響きませんよ。それに、下劣で姑息な品性の欠片もない男が経営している店なら尚更、うちの佳那汰を置いておくわけにはいかない」


相変わらず遠慮ない毒舌がグサグサと店長に突き刺さる。
しかも言い返せないらしく、「うぐぐ…」と精神的ダメージ受ける店長に自業自得ながらも同情せずにはいられなかった。


「店長、学生時代あの人に何したんですか」

「人聞きの悪いことを言うな!なにもしていない!」


噛み付きそうな勢いで不躾な視線を向ける司に即答する店長。
その訴えに、兄は僅かに口元を歪める。
そして、感情を感じさせない鋭い視線を店長に向けた。


「そう、なにもしていないですね。君は我慢ということを知らず、遊び呆け、あまつさえ何も知らない私の佳那汰に…」


まさか、ここで自分の名前が出てくるとは思わず、「え?」と目を丸くしたときだった。
顔を引き攣らせた店長が慌ててその言葉を遮る。


「おい、なにを言ってるんですか!」


そして、焦りで口調があべこべになっていた。


「とにかく!一分一秒でも佳那汰にこんな汚れた空気を吸わせるわけにはいかない!佳那汰は引き取らせてもらいます。これは決定事項であり、勿論佳那汰にも貴方にも選択権はありません!以上!」


反論する隙を与えない断固とした態度の兄だが、それでも店長は諦めない。
無駄に高いプライドがそうさせるのか、俺を引っ張り、歩き出す兄の腕を掴み、無理矢理足を止めさせた。


「ちょっと待てと言っているだろう!」


響く声。
緊張した空気。
酷く居心地が悪い。

そんな中ピロリロリンと可愛らしい音が響く。
おい誰だ生修羅場を携帯に収めようとしているやつは司と四川お前らひそひそ話しながらどっちが勝つか賭けてんじゃねえよてめえ空気読め馬鹿助けろ。


「……なんですか?その目は」


しぶとい店長に足を止めた兄は向き直る。
いつもに増して見るものを凍りつかせるようなその雰囲気に、こちらの方が固まった。


「随分とうちの佳那汰を気に入っているようですが、君。まさか佳那汰にまた手を出していないでしょうね」


冷ややかな声。
腕を掴む店長の手首を掴んだ兄は、ゆっくりと目を細め、口元に笑みを浮かべる。
そして、


「もし佳那汰に指一本触れたら、その時はこの指ごとたたっ斬ってあげますよ」


冗談には聞こえないその言葉に、思いっきり心当たりのある店長はみるみるうちに青褪めていく。
店長も、旧知というだけあって兄の性格を理解しているようだ。
店長の手を振り払う兄はそのまま傍観に徹していた四川に向き直った。


「そこの君も、夜道にはくれぐれ気をつけることだ」


凍り付き、顔を引き攣らせる四川からすぐに目を離した兄は今度は俺を見下ろす。
そして、ぐっと乱暴に腕を引っ張られた。


「佳那汰、なにをボサっとしている。さっさと歩け!」

「あっ、や……」


歩く準備をしてなくて、強引に兄に引き摺られる。
ふらつく足元。


「店長……っ」


咄嗟に、助けを求めるように近くにいた店長に手を伸ばすが、兄に引き摺られそれは叶わない。


「カナちゃん!」


慌てて追いかけて来る翔太を最後に、俺は引き摺られるようにして店内を後にした。


mokuji
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