マナーモードは忘れずに

「っ、んん゙っ、んーっ!」

「おいこら、暴れんなって……っ!」


もがき、咄嗟に外へと飛び出そうとすれば慌てた四川に上半身を抱き締めるように捕まえられる。
無理矢理衣装棚の奥まで引き摺り込まれ、腰を押さえ込まれた。
拍子に、股を割るように滑り込んできた四川の膝に下腹部を強く擦り上げられ、散々な扱いを受け、疼いていたそこにゾクゾクと甘い電流が走った。


「〜〜っ!!」


目の前が真っ白になり、全身から力が抜ける。
びくっと腰が痙攣し、そのままその場に崩れ落ちそうになるのを四川に抱き留められた。
蒸し暑く、薄暗く狭い空間の中、他人と密着して正常でいられる人間はどのくらいいるだろうか。
耳に生暖かい吐息が吹きかかる。
四川が笑ったのだろう。


「兄貴いんのに興奮してんのかよ。……あぁ、いるからか。そーいや、お前そういうやつだったな」


四川がなんのことを言っているのか理解するのに然程時間はかからなかった。
下腹部、エプロンの下から主張するそれが視界に入り、顔が熱くなる。
慌てて脚を閉じようとするが、やつの足が邪魔してだらしなく開いたままになってしまい、膝から降りようと暴れれば暴れるほど下半身が擦れ、妙な気分は収まるどころか悪化するばかりで。
くすくすと意地悪く笑う四川に、なんだか自分が四川の足を使ってオナってるみたいで恥ずかしくなってくる。


「っも、てめ……下ろせよ……っ」

「降りればいいだろ、自分で」


「ほら」という言葉と同時に、腰を抱き寄せられ、そのまま大きく擦られる。
瞬間、全身が緊張し、無意識のうちにやつの動きにあわせて腰が揺れた。
それに気付いた俺は、なんだかもう死にたくなった。
じわりと刺激を与えられるそこは次第に物足りなくなり、直接触って欲しいと疼きは増す。
死んでも、そんなことは言えない。
言いたくないし、こんな状況で欲情する自分が情けなくて、俺は唇を噛む。


「も、やだ、四川……っやめろよぉ……っ」


声が震えた。
いやいやと懇願するように首を横に振る。
こちらを見下ろしていた四川と目が合う。


「…」


なんか、心なしか顔が近い。
こんな体勢なのだから仕方ないのだが、やっぱりちょっと泣き顔見られるのは恥ずかしい。
咄嗟に目を逸らし、ぐす、と鼻を啜ったとき、一瞬、ごくりと固唾を飲む音が聞こえた。

それと、ほぼ同時だった。



『いい加減にしていただけませんか。こう見えても私は暇ではないんですよ』


兄の声が、すぐ傍から聞こえた。


「っ!」


そして、背後から伸びてきた大きな手に再度口元を塞がれる。
いきなりの出来事で、先程よりもきつく塞がれ息苦しくなった俺はびっくりして目を見開いた。


「っんん!」

「静かにしろ、バレるぞ」


少しだけ、焦ったような四川の声。
もしかしたら、兄たちのことを忘れていたのかもしれない。
誰のせいだと思ってるんだ、と言い返したいところだったが、聞こえてくる兄の声はすぐ傍。
あまりにの剣幕に気圧された俺は大人しく口を閉じた。

恐る恐る通路に目を向ければ、視界の済にスーツがチラ付く。
心臓が、止まりそうになった。


『早く佳那汰を連れて来ていただけませんか。ここに勤めていることは既に判っています』

『で、ですから』

『中谷君、私はつまらない冗談が一番嫌いなんですよ。…そして、二番目に嫌いなものは聞き覚えの悪い馬鹿です』


馬鹿でもなんでもいいから早く通り過ぎろ早く通り過ぎろ。
そう、口の中で呟きながらちょうど目の前までやってくる気配から逃げるように目を閉じたときだった。


すぐ傍で、着信音が響いた。


反射的に自分の服に手をかける四川は携帯電話を取り出す。
着信音はすぐに鳴り止んだが、遅かった。

止まる足音。
やばい、と凍り付いたのと薄暗かった視界が一気に明るくなるのはほぼ同時だった。
かかった衣装は勢い良く避けられ、息苦しさから開放される。
そして、目の前に立つ兄に戦慄せずにはいられやかった。


「……っこれは、」


「げぇ…っ!」と青褪める翔太と変わらない無表情の司の間、仁王立ちになった兄は俺を見下ろすなり顔を歪めた。
険しさを増す兄の表情に全身から血の気が引く。


「これは、どういうことですか、中谷君!」

「こっちが聞きたいんですけども!」


俺も聞きたい。

mokuji
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