そこにそれがあるならば

先程よりもバクバクと加速する鼓動は今にも破裂しそうで、押しつぶされるような圧迫感に今にも息が詰まりそうになる。
そんな中、狼狽えるような翔太の声が店内に響いた。


『ですから、お兄さん、カナちゃんですって、こいつ』

『馴れ馴れしく“お兄さん”と呼ばないでいただきたい。……私を兄と呼んでいいのはこの世に二人だけですので』


昔と変わっていない、冷ややかで切り捨てるような温度のない声。
全身に汗が滲む。
無意識の内に後退りしてしまい、四川にぶつかった。
だけど、四川は何も言ってこない。


『ほらっ、司君もなんか言って!』

『お兄ちゃん、かなたのこと覚えてないの?』


翔太お前もろ司の名前出してるし司はなんだよそれ俺そんなキャラじゃねーよ!
やめろ!おい、くねくねすんな!
近づいてきていた足音は止まり、兄は背後からついてくる二人に向き直る。
そして、


『軽々しく佳那汰の名前を名乗っていただくのはやめて頂きましょうか。いくら様とは言え、これ以上の無礼は私だけではなく佳那汰を侮辱することに等しい』


ああ、また、始まった。
顔がカッと熱くなって、全身が震えだす。
怒りか羞恥か、恐らくそのどちらもだろう。


「お前の兄貴、やべーな。ブラコンかよ」

「……」


声を潜めて笑う四川の言葉に、びくりと体が反応した。

やばいだって?
そんなこと、俺がよくわかってる。


「……っ」


ぎゅっと拳を握り締め、震えを殺す。
それでも、やはり、数年ぶりに見た顔に何も思わないということはできず。
なにも答えない俺を不審に思ったのか、「おい、原田?」とこちらを覗き込んでくる四川。
その声は、今。俺の耳に届かなかった。


「……」


くそ、これ以上恥ずかしいこと言うのやめてくれ。
そう、祈るような気持ちでぎゅっと目を瞑ったときだった。

不意に、背後からぬっと手が伸びる。
そして、


「ひゃっ?!」


ぐわしっと平坦な胸を両手で鷲掴まれ、驚きのあまりに変な声が出てしまう。
慌てて口を塞ぎ、ちらっと外を見れば兄たちは今の声に気づいていなかったらしい。
内心ホッと胸を撫で下ろしながら、俺は人の胸を遊ぶように揉み下してくる癖の悪い四川の手を掴み、背後のやつを睨む。


「っおい、てめぇ、なにして……っ」

「お前が辛気臭ぇ顔してるから慰めてやろうかと思って」

「てめぇ、ただムラムラしただけだろーが!」


にやにやと笑う四川に軽い殺意を覚えずにはいられない。
思いっきり引き離したいのに、状況が状況なだけに動くことができない。
もしかしたら最初からここに連れてきたのそれが目的なのかと疑いそうになるが、最初はただの善意だと信じたい。
信じたいと思うのは信じていないからだって誰かが言っていた言葉が過ぎったが、俺は聞こえないふりした。

mokuji
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