人を隠すなら服の中

隠れるって、確かにそう言ったけど……。


「よりによって、ここかよ!」


地下二階のコスチューム売り場。
どこぞのAVのような際どい衣装から流行りのアニメのキャラクター、テレビで観るアイドルの衣装にランジェリーと様々な種類の衣装でごった返したその店内。
ハンガーに掛けられたコスプレ衣装で敷き詰められたその中に身を潜めるようにして俺はいた。


「うるっせぇ!あんまデカイ声出すんじゃねえよ」


そして、その背後。
同様、身を隠す四川は不満を漏らす俺に苛ついたように怒鳴り返してくる。
そういう四川の声もなかなかでかい。

ふりるとレースでごてごてに装飾された衣装の壁は確かに外からこちらを伺えないだろうが、正直、狭いわ暗いわ窮屈だわで環境は最悪だ。

そして、なにより。


「って、言われたって、こんな…」


一歩後ずされば、四川の胸に背中がぶつかる。
四川曰くこれでも詰めている方だと言うのだが、それにしても近い。近すぎる。
だって、頭に四川の息掛かるし、そしてなにより、暑い。
他人と密着しているせいか、それともこの衣装の壁のせいかはわからなかったが、息苦しくて、頭がぼうっとしてきた。
じんわりと滲む汗を拭うこともできない。


「……なあ、いつまでここいればいいんだよ」

「笹山にお前の兄貴出て行ったらメールするよう言ってるから。それまで待ってろ」


そうぶっきらぼうに答えてくる四川に内心ほっとする。
一応、考えてくれていたみたいだ。
後先考えないタイプだと思っていただけに、何も考えてなかった自分がちょっと恥ずかしくなるとともにちょこっと、ちょこーっとだけ四川を見直す。


「それなら…」


いいけど、と呟きかけたとき。
キイっとハンガーが軋み、背後の四川が動く。
背中にずしりと体重がかかって、足腰鍛えられてない俺はよろけてしまった。
身動ぎしようとするが、狭い空間なだけに余裕がない。
首筋に生暖かい吐息がかかり、ゾワゾワと全身の毛が逆立つ。


「って、おい、もっとあっちいけよ!近いんだよ!」

「仕方ねぇだろ、ぐちゃぐちゃ文句言ってんじゃねえよ!」

「だって、お前重いし、しかもなんか当たるし!」

「お前がケツ押し付けてきてんだろーが!」

「は、はぁっ?違うから!」


近くに客がいないだけマシかもしれない。
そう、衣類に埋もれてぎゃあぎゃあと揉めていたときだった。
遠くから複数の足音が聞こえてきて、全身が緊張する。
四川もそれに気付いたようだ。
つられるようにして慌てて口を閉じる。
近付いてくる足音と、声。
もしかしたらただの団体客かもしれない。
そう思っていたが、すぐにその可能性は打ち消される。

衣類の隙間からちらっと店内を伺えば、そこには翔太の派手な赤い髪が見えた。
そして、すぐ側には……。


「っ!」


きっちりと着込んだスーツ。
短く切り揃えた黒髪。
温度を感じさせない冷たい目。
引き締まった口元。

最後に見た時よりも背が高くなって、目付きもキツくなっていたが、それが誰だかすぐにわかった。


「……お兄、ちゃん」

mokuji
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