バカとハサミは使い様 とにかくこの場をやり過ごすことだけが俺にとって重要で、同じ職場の人間、それもあまり親しくないやつの家にこんな姿で訪問するのはかなり抵抗があったが腹をくくる。 マンションの一角にある司の部屋にて。 翔太の部屋とほぼ同じ作りになったそこはなかなか広い部屋で、しかし翔太の部屋と違い、よくわからんフリフリの服で埋もれていたりはしていない。 しかし、中々のカオス空間だった。 「適当に座って」 「座ってって言われても…」 唯一、座れるっぽい黒い皮のソファーに目を向ける。 その背もたれから座面にかけて、垂れるように置かれた虎の皮(しかもご丁寧に顔の剥製がぶら下がっていてかなり不気味)に躊躇わずにはいられない。 「別にそのまま座っていいよ」 「え」 「お客さんから貰ったやつ。可愛くてふかふかしてるから」 言いながら、司は部屋の奥にある棚へと歩み寄る。 棚にもよくわからない珍品からブランドもののインテリア雑貨など統一性のないもので溢れていて、もしかしてこいつ趣味悪いタイプの人かと疑ったが司のその一言になんとなく引っ掛かった。 「お客さん?」 「前のバイトでよく色々なもの貰ってて、それもその一つ」 「バイトって、なんの」 「逆援」 なんでもないように答える司に俺は噎せそうになった。 逆援ってあれだよな、援交の逆バージョンっていうか。 いや、確かに俺も水商売遊び感覚でやったことあったけど、逆援って、生々しいぞなんか。 「この部屋も、そのとき貰った」 「そ、そんなに儲かるのか…」 「原田さんは逆援よりもイメクラにでもいった方が稼げるんじゃない」 稼げるのなら逆援もなかなか…と早速ぐらつく俺に気付いた司はアドバイスしてくる。 イメクラは女の子専門じゃないのか、といいかけて自分の服装を思い出し慌てて口を閉じた。 暫くもしない内に司は戻ってきた。 「座らないの」 突っ立ったままの俺に不思議そうなする司。 まさかちょっと今ケツ出てるんで何て言えるわけがなくて、俺は「…いや、ちょっとやめとく」と大人しい青年を演じてみるが司は「そ」と呟くだけで特に強要はしてこない。 相変わらずの反応の薄さ。 「まあ、どっちでもいいけど。あんたが疲れないなら立ったままでいいよ」 そう、眠たそうな顔をして俺の前までやって来た司は手に持ったそれを握り直す。 司の手に握られたギラリと鈍い光を反射させる鋭いそれに目を向けた俺は硬直した。 「お前、なに、それ」 「だって、原田さんのその手錠鍵ついてないじゃん。脱がせられない」 「だからって」 しゃきん、と擦れるそれは刃先の丸まったスマートなハサミで、それを使って服を切ろうとしてくる司に狼狽えずにはいられなかった。 そんな俺に対し、司は顔色一つ変えずに尋ねてくる。 「それを脱がさないとずっとそのままだけどいいの?」 直球だった。 確かにそうだ。そうだけど、なんかもったいないっつーか。 そこまで考えて自分がこのウエイトレスの制服に対して愛着を抱いていることに気付いた。これが翔太の呪いか。おそろしい。 |