交渉不成立

その言葉を口にしたとき、確かに翔太は固まった。


「は……?」


意味がわからないとでもいうかのような唖然とした声。
目を見開く翔太に、きゅっと唇を結んだ。


「なに、なんでそうなるの。今そういう話はしてないでしょ」

「だって、このまま俺が一緒にいたらまた翔太がいやがるだろうし、それなら…」

「駄目!絶対駄目!」


ぐすぐすと鼻を啜りながら続けたときだった。
珍しく声を荒げる翔太に肩を強く揺すられる。


「カナちゃん本気で言ってるの?駄目に決まってるじゃん。なんのためにここまでして僕がカナちゃんの家出に協力してると思うの?家に帰ったら駄目だからだよ!」

「でも、翔太がそういうこと言うなら俺は腹括って帰るしかないし…。いままで遣わせた金も、すぐには無理だろうけどちゃんと返すから」

「どうやって返すつもり?無茶なこと言わないでよ、まさかまた変なバイトするつもりじゃないよね」

「へ…っ変じゃないし!いいだろ、ほっとけよ、俺は俺の好きなようにしたいんだよっ」

「そんなこといっていつも失敗してるくせに」


だからなんでこんなにこいつは痛いところばかりついてくるんだ。
切羽詰まり、涙は止めどなく溢れてくる。
涙でぐしゃぐしゃに汚れた顔はみっともないとは思ったが、手が使えないのだから仕方がない。


「どうしてカナちゃんはそんなに馬鹿なの。僕と一緒にいるのがそんなに嫌なの?こんなに可愛がってるのに」

「サイズのあった女の服つくって着せ替え人形にされて喜ぶやつがいたらそいつは変態だ」

「似合ってるのに」


言い争いで疲れたのか項垂れる翔太は俺の胸元に触れ、服の生地を撫でる。
こいつの似合っているという言葉は大抵当てにならないのを知っている俺はまず喜べなかった。


「っ、触んな、おい」


言いながら床の上で転がり、翔太から胸を反らせば翔太は悲しそうな顔をして「カナちゃん」と俺を見る。
いくら変態とはいえ長年の友人である翔太の悲しそうな顔に罪悪感に苛まれるがここで折れてはまたやつに流されてしまう。
俺は虚勢を張ることにした。


「カナちゃん、こっち向いてよ。なに、なにがそんなに気に入らないの」


不安そうな声。
上に跨がり、俺の顔を覗き込んでくる翔太。
腕を掴まれ、咄嗟に肩を切るように振り払う。


「カナちゃん」

「言ったら、聞いてくれるのか?」

「カナちゃんが僕から離れていかないなら…」


よしきた。
弱気になっている翔太に俺は内心ほくそ笑む。


「なら、取り敢えず手首のと首輪、外してくれ。痛い」

「いいけど、首輪だけね」


カナちゃん手が早いから、と呟く翔太はそっと俺の髪を撫で上げるように首輪に触れる。
カチャカチャと小さな音がし、締め付けていたものが離れた。
そして、首が涼しくなると同時に俺は勢いよく翔太の下から這いずり逃げる。


「ふははは!引っ掛かったな馬鹿翔太!お前とは今日でおさらばだ!じゃあな、元気でな!」


言いながら勢いよく立ち上がったときだった。
ここに閉じ込められてからずっと寝ていたお陰ですっかり衰えていた足に力が入らず、俺はそのまま顔面から転んだ。
「ぁうっ」と情けない声が漏れる。


「やば、足が、痺れ……」

「……ふーん、馬鹿翔太ねぇ」


青虫のように床を這いずるように起き上がろうとした瞬間、背後で黒い影が蠢く。
はっと青ざめ、慌てて床を転がろうとしたときはもう遅かった。
スカートの裾を掴まれ、乱暴にたくしあげられる。


「や、うそうそうそ、冗談だってば、まじ、ごめんなさいごめんなさい」

「単細胞なカナちゃんの考えることくらいわかるよ。僕が優しくしたらすぐつけ上がるんだからね、ふふ、そういうお馬鹿さんなところは嫌いじゃないよ」


シルクの下着をねっとりと撫で回され、「ぁ」と小さな声が漏れる。
擽られ、すっかり敏感になっていた下腹部はびくんと揺れた。


「やだ、って、おい、翔太…っ」

「聞こえないよ」


不意に手が離れ、気を緩めた瞬間だった。
下着がずらされ、尻半分露出させられる。
肌寒さにふるりと震えた矢先、思いっきりケツを叩かれた。
突き抜けるような痛みに視界が白ばむ。


「ひぃ…っ!!」


背筋まで走る衝撃に、腰が疼き、半勃ちになった性器が下着で擦れ説明し難い痺れに全身が蕩けそうになる。

因みに俺はマゾではない。
ないはずだ。
そう信じたいが、いきなり人のケツを叩く翔太は変態には違いない。お互い様なのかもしれない。

mokuji
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