受話器の向こう側

「……」


アダルトショップ『intense』。
今日も様々な層の客で賑わう店内から離れた事務室にて。
受話器を手にしたまま時川司は停止していた。

原田佳那汰がバイトを辞める。
掛かってきた電話の内容はそのようなものだった。
別にバイトが辞めるのは珍しいことではないが、司が気になったのは原田佳那汰のあとに出てきた男の声だった。


「司君、電話なんだって?」


不意に背後からかけられた声に司は背後の人物を確認せず「原田さんがバイトを辞めるそうです」と受話器を置く。


「代わりに出た男がそう言ってました」

「原田って誰だっけ」

「かなたんさんです」

「ああ、かなたん」


司の背後、紀平辰夫は思い出したように呟く。


「その代わりに出た男って誰?親?」

「声は大分わかかったです」

「ふーん、誰だろ。かなたんって、保護者とかそーいうイメージないんだけど。やさぐれてそうだし」

「紀平さんに言われたくないと思いますけど」

「あはは、司君にもね」


一頻り笑って、紀平は薄い笑みを浮かべたまま目の前の司を見た。


「でもま、取り敢えず店長に連絡しておこうか」


その言葉に、司は無言で頷き返す。

事は緩やかにややこしいことになっていた。

mokuji
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