立ったフラグは折れません

司とは歓迎会でちらっと顔合わせただけだしまともに会話したことなんかなかったけど、話が通じそうなやつが電話口に出たことに内心安堵する。
しかし、ここからが問題だ。
勿論こんな都合のいいバイトを辞める気なんてサラサラない俺は血迷う翔太から逃げ出すことを考える。
まず携帯電話は翔太が持っているので下手なこと言ったら即切られるに違いない。

なら、どうすれば。


「…もしもし、原田ですけど」

『どちらの原田様ですか』


しかも覚えられてなかった。
有りがちな名前だからと思い込むことにする。


「この前バイトに入ってる方の原田です」


そう呟けば『ああ』と受話器越しに思い出したような司の声。


「そっちに店長は」

『店長なら今出ていったけど』

「は?」

『あんたんちに』


まじかよ。
なんつータイミングだ。

あそこには誰もいないのにと悔やむと同時にそこまでしてもらえることにちょっとだけ感動した。ちょっとだけな。別に涙ぐんでないし。

呆然とする俺の様子が気になったらしい翔太がこちらを見る。
俺は慌てて咳払いした。


「あー、わかりました。じゃあ、また掛け直すって伝えといてくださ」


い、といいかけて、伸びてきた手に携帯電話を取り上げられる。
何事かと目を上げれば、携帯電話を耳に当てた翔太が。


「お電話代わりました。自分は佳那汰君の保護者の中谷と申します。諸事情により佳那汰君には今日付けでバイトを辞めていただくことにしましたので、ええ、お手数ですが担当者の方にお伝え下さい。『原田佳那汰はバイトを辞める』と。短い間ですがお世話になりました。では失礼します」


ぷっと小さな音がして通話は途切れる。
あまりにも饒舌な翔太に呆気取られていた俺だったが、やつの言葉の内容の重大さに気付いた俺は青ざめた。


「お前、なに勝手に…!」

「勝手にもなにも僕はカナちゃんに辞める電話をするよう言ったんだよ?だからなかなか言い出さない上そのまま切ろうとする口下手なカナちゃんの代わりに言ってやったのになんでそんな言い方するのかな」


寧ろ、感謝してほしいくらいなんだけど。
そう微笑む翔太にムカついて、寝転んだままやつの脇腹を蹴る。
白いタイツに包まれた足の裏に確かな手応えを感じた矢先、呻く翔太に足首を掴まれた。


「カナちゃんってほんと足癖悪いね。僕、鍛えてないんだからそういう暴力はやめてよ。痣になっちゃったらどうするの?」


慌てて逃れようと足をばたつかせるがスカートが翻るばかりで絡み付いた翔太の指は離れない。
相変わらず薄ら笑いをする翔太に薄気味悪さを覚えた。


「離せよ、ばか」

「離したらカナちゃんすぐ暴れるでしょ」


だから、と言って翔太はなにかを取り出した。
筆、だろうか。
毛先の部分がやけに多いその化粧道具にも似たそれを手にした翔太は笑う。


「ちょっとだけ痛い目見てもらうよ?」


え、なに、こわい。

mokuji
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