かたかたと、キーボードを打つ。アンドロイドは時折、そのろくろのような首を回す。
……相変わらず、研究室は羽虫とも似た低周波音で満ちていた。
……ふううと、息を吐いて。冷めた珈琲を煽る。
目がちかちかとして、腹が鳴った。その割りに空腹を感じなかったが、取り敢えず近くのスティックを齧る。
……生憎、食事に煩い男はいない。奴は一週間ほど私の領域へ居座り続け、やっと仕事に戻って行った。
それから、何週間経ったのか。……覚えていない。
究理の
捗りは日進月歩だ。めまぐるしくは無くとも、確実に確実に進んでいる。
……焦ってはいけない。焦りは、正常な判断を失わせる。そればかりは、かつての職務と同じだ。
……こうしていれば、必ず。
きっと、絶対に……理論は、あるべき場所へ辿り着く。
(……かえれる。ぜったいに………)
◆◆◆◆
おおい、と呼び声がした。
……また、煩い男が侵入して来たか。
ぱしぱしと目を瞬く。いつの間にか、デスクの上で居眠りをしていたようだ。今度から、アンドロイドに目覚まし機能でも付けて置こうか。
『……こんな所で寝たら、風邪を引くぞ』
そうだった。奴が居たんだ。
まったく、今回は随分と押し掛けて来るのがお早いことだ。
お節介な男だと、顔を顰めながら……背後へひらひら手を振る。
「マスターキーは変えたんだが。また不法侵入か」
『……何の話だ?』
とぼけるなと言いかけ、押し黙る。
……この、声は。
「………!」
低い声だ。低い、男の……声。
連れ合いのそれより……もっと野太く、静かで。
……でも、これは知っている。間違いなく知っている。
だって、だってこれは。
「………チャカ…?」
だって、これは……私たちが、生まれた時から一緒の。
たったひとりの……あの、兄分の声なんだから。
………声は、静かに笑った。
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