「……ラボ、いく」
叫び続けたせいで、喉が痛い。声が掠れる。
……涙ばかりは、出ない。今更だ。
のろのろと服を着た。下着、スラックス、シャツ、白衣、スリッパ……上の下着は着けないから、すぐに終わる。
男は黙って、この背中を見ていた。
「最後に外出たの、いつだ」
「……前、おまえに無理矢理連れ出された時」
……諦念に沈んだ、嘆息の音。
「………おまえらしくない、」
……静かな声で、名前を呼ばれた。
たったひとつ、遠い昔から変わらない……私の、名を。
◆◆◆◆
ぶうん、ぶうん……
羽虫のような機械音が、薄暗い研究室に満ちている。二十四時間作動のコンピュータだけが、青色光を放っていた。
……ふらふらとしながら、液晶の前へ座る。アンドロイドが、プログラミング通り珈琲を入れた。目も口も感情もない助手。
……対照して喧しい男は、一人で仮眠室にいる。
「…………」
……手のひらで、顔を覆えば。
揺らめくように浮かび上がる、情景。
(…かえるんだ……)
ふたりで。……あの、とおい故郷に。
かならず、かえるんだ。
……想えば何もかもが懐かしく、愛おしい。
熱い大気、苛烈な太陽、無限の砂……緑泉の優しさ、雨粒の喜び。
……豊かな国ではなかった。でも、かけがえのない……あたたかいもので満ちた、愛する国だ。……わたしたちの、故国だ。
(……チャカ、コーザ、父上、母上、国王……)
……胸の内の景色では、誰も彼もが笑っている。
兄のように慕っていた。惚気話に渋い顔をしてやった。小言にこっそり耳を塞いだ。美味しいご飯を作ってくれた。道理を導き教えてくれた。
(………ビビ様……)
目を瞑れば、やっと一筋。……忘れていた涙が伝った。
(……かえるんだ。きっと、かならず、かえるんだ。ふたりで、きっと……)
……零れた
潮は、ぱたぱたとキーに落ちる。
アンドロイドは部屋の隅で自動充電に入った。
「……なあ、ペル……そうだろう…?」
何度、この身体が朽ちても。共に、あの砂の大地へ還る。
……己はひとり、計器の電源を入れた。
望郷-前編【終】
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