また、うす暗闇の夢中にいた。
けれど、それは今までのうち……もっとも居心地の良い暗がりだった。
……もはや、あの身体をがんじがらめにした力は、ない。優しいぬくもりの中で、ふうわりと浮いているような気分だ。
薄墨色、というよりは……淡い淡い、青色の世界。
『……もう、わかったか』
野太く、懐かしい声がする。
……ああ……チャカ。
この前はごめんな。気が動転していたんだ。でも、叱ってくれてありがとう。
『……慌てん坊は相変わらずだな。……お前のやらかすことは……いつも、予測がつかん。だが、今回は……ちゃんと反省できて、偉かったな』
やめてくれ、恥ずかしい。
『ペルに甘えてばかりではなく、たまには甘えさせてやれよ……』
懐かしいなにかが、頭を撫ぜ……去っていった。
『………人間、もがき始めると……どうしようもなくなって、馬鹿なことしちまうんだよな』
精悍な声。
……なんだ、コーザ。お前も居たのか。
『……なんだって何だよ………』
ビビ様を、誰よりお幸せにして差し上げろよ。
……お泣かせでもしてみろ。即座に馳せて、昔みたいにその尻をひっ叩いてやる。
『分かってるよ。……安心しろ』
苦笑するような気配は、次第に遠ざかった。
『また無茶ばかりしおって……』
『元気かい』
伸びのいい声。威勢のいい声。
父上、母上……お久しぶりです。
私は……何とか、やっております。……お二人とも、お変わりはございませんか。
『人の心配より自分の心配をしなさい!』
『ご飯はちゃんと食べなきゃダメだよ』
……幾つになっても愚かなばかりで……申し訳ございません。御名に恥じぬ孝子であるよう、
常日に存じ精進致します。……図体ばかり大きくなりましたが……
養い育ちの御恩、永劫忘れは致しません。
『何事も日々精進! ……だが、生真面目過ぎず気楽にな。………お前は、いつまでも……私たちの、可愛い娘だ!』
『元気でやんな。風邪に気をつけてね』
故郷の太陽とも似たあたたかさ。ふたつのぬくもりが、過ぎてゆく。
『それでそれで?お互い調子はどうだ?いい感じか?』
厳かなのに、ひょうきんでもある声。
……国王………その節は、どうも……
………何ですか、いきなり……
『なにって
夫婦のあれこれだ。……うまくやっとるか?助言してやる!夫婦円満の秘訣はずばりお茶目とちょっぴりユーモア!』
……これは…やはり夢なのでしょうか…
『これ、人の助言はちゃんと聞かんか。……ま、ペルと仲良くな。……夢幻か否かはお主が決めること。じゃ、またねっ!』
人騒がせな陽気さが、肩をばんばん叩いて走り去る。
『素直になれた?』
ふわりと微笑む、純真さ。たおやかで、瑞々しい声。
ビビ様……お陰様で。
貴女さまには、如何なる御礼を申し上げても……到底足りませぬ。深謝いたします。その折、お見苦しい様をお見せしました……どうか、お許しを。
『……いつもね、一人で苦しんじゃダメよ。だって独りよがりになっちゃうもの。泣きたい時はわあわあ泣いて、笑う時は思いっきり笑わなきゃ。幸せになって!』
しかと、この胸に刻みました。わたくしめもまた……貴女さまの末長くお健やかで、お幸せであられますことを……誰よりも、何よりも願っております。
わたくし、は………
『大丈夫よ、悲しいことなんてないわ。なにもないのよ』
……もう、お目に掛かることは叶いませぬ。
『さあ……それはどうかしら』
………え…?
全てが、離れてゆく。濃淡の影が渦を巻く。
身体は、上へ上へと向かい……
『 きっ と また ど こか で 』
prev next 15 / 24