望郷。 | ナノ

3−4


また、うす暗闇の夢中にいた。

けれど、それは今までのうち……もっとも居心地の良い暗がりだった。
……もはや、あの身体をがんじがらめにした力は、ない。優しいぬくもりの中で、ふうわりと浮いているような気分だ。

薄墨色、というよりは……淡い淡い、青色の世界。


『……もう、わかったか』


野太く、懐かしい声がする。


……ああ……チャカ。
この前はごめんな。気が動転していたんだ。でも、叱ってくれてありがとう。


『……慌てん坊は相変わらずだな。……お前のやらかすことは……いつも、予測がつかん。だが、今回は……ちゃんと反省できて、偉かったな』


やめてくれ、恥ずかしい。


『ペルに甘えてばかりではなく、たまには甘えさせてやれよ……』


懐かしいなにかが、頭を撫ぜ……去っていった。


『………人間、もがき始めると……どうしようもなくなって、馬鹿なことしちまうんだよな』


精悍な声。


……なんだ、コーザ。お前も居たのか。


『……なんだって何だよ………』


ビビ様を、誰よりお幸せにして差し上げろよ。
……お泣かせでもしてみろ。即座に馳せて、昔みたいにその尻をひっ叩いてやる。


『分かってるよ。……安心しろ』


苦笑するような気配は、次第に遠ざかった。


『また無茶ばかりしおって……』

『元気かい』


伸びのいい声。威勢のいい声。


父上、母上……お久しぶりです。
私は……何とか、やっております。……お二人とも、お変わりはございませんか。


『人の心配より自分の心配をしなさい!』

『ご飯はちゃんと食べなきゃダメだよ』


……幾つになっても愚かなばかりで……申し訳ございません。御名に恥じぬ孝子であるよう、常日つねひに存じ精進致します。……図体ばかり大きくなりましたが……い育ちの御恩、永劫忘れは致しません。


『何事も日々精進! ……だが、生真面目過ぎず気楽にな。………お前は、いつまでも……私たちの、可愛い娘だ!』

『元気でやんな。風邪に気をつけてね』


故郷の太陽とも似たあたたかさ。ふたつのぬくもりが、過ぎてゆく。


『それでそれで?お互い調子はどうだ?いい感じか?』


厳かなのに、ひょうきんでもある声。


……国王………その節は、どうも……
………何ですか、いきなり……


『なにって夫婦めおとのあれこれだ。……うまくやっとるか?助言してやる!夫婦円満の秘訣はずばりお茶目とちょっぴりユーモア!』


……これは…やはり夢なのでしょうか…


『これ、人の助言はちゃんと聞かんか。……ま、ペルと仲良くな。……夢幻か否かはお主が決めること。じゃ、またねっ!』


人騒がせな陽気さが、肩をばんばん叩いて走り去る。


『素直になれた?』


ふわりと微笑む、純真さ。たおやかで、瑞々しい声。


ビビ様……お陰様で。
貴女さまには、如何なる御礼を申し上げても……到底足りませぬ。深謝いたします。その折、お見苦しい様をお見せしました……どうか、お許しを。


『……いつもね、一人で苦しんじゃダメよ。だって独りよがりになっちゃうもの。泣きたい時はわあわあ泣いて、笑う時は思いっきり笑わなきゃ。幸せになって!』


しかと、この胸に刻みました。わたくしめもまた……貴女さまの末長くお健やかで、お幸せであられますことを……誰よりも、何よりも願っております。

わたくし、は………


『大丈夫よ、悲しいことなんてないわ。なにもないのよ』


……もう、お目に掛かることは叶いませぬ。


『さあ……それはどうかしら』


………え…?



全てが、離れてゆく。濃淡の影が渦を巻く。
身体は、上へ上へと向かい……






『 きっ と  また ど こか で 』


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