Purple Tulip


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「……あら、そのお花はなあに?」


修道院が夕闇に覆われる頃、少年の部屋の前で、優しい女性の声がした。


「……マザー…」


彼が、読んでいた本から目を上げれば、部屋の入り口の所に、老齢の修道女が立っている。この教会…そして孤児院の、修道女長だ。
彼女の視線は、窓辺に置かれた透明の空き瓶に挿された、一輪の花に注がれている。


「……これは、」

「例の、小さなお友達からの贈り物…?」

「…はい」

「……そう、良かったわねえ…」


そう言って皺の入った顔を綻ばせる彼女は、この孤児院の中。唯一、異形の能力を持つ彼を恐れない存在だった。


「今日は貴方の誕生日だったわね…お祝いが遅れてしまってごめんなさい、後で祝福を贈ってあげましょう」

「はい。ありがとうございます」


彼が"物好き"と称した人の中には、馴染みの少女ばかりではなく、この老齢の女性も含まれていた。
しかし、彼の彼女へ応対する声は硬く無機的で。暖かい抱擁も、拒むように身を硬くして受ける。
その姿は、どこか大人びていて。先程の、少女と遊んでいた少年とはまるで、別人のようだった。


「…紫色のチューリップ?」

「はい」


しかし、そんな少年の態度を気にした訳でもなく、老齢の彼女は窓辺を見遣る。
こくりと頷いた少年に、穏やかな微笑みを向けながら。彼女は彼に囁いた。


「……そう…"不滅の愛"だなんて、粋な贈り物ね…」


くすくすと笑う彼女に、対する少年は憮然と返す。


「彼女は何も知らずに僕へこれをくれました、意味なんてありません」

「…あらあら、そう照れなくても良いのよ、ドレーク」


一見無表情な彼の内心を見透かしながら、修道女長はまた微笑んだ。


「貴方が珍しく、花の本を貸して欲しいなんて言うから、どうしたのかと思ったけれど…こういう訳だったのね」

「それは」

「良いじゃありませんか、貴方の守る、小さき姫がくれたのですから……貴方も、応えて差し上げれば?」

「冗談も大概にしてください。シルバーナはまだ五歳です」

「…あら、貴方だって、やっと八つになったばかりじゃありませんか……ふふ、おませな姫とナイトですこと」


「心外です」と苦々しそうに言った少年に、彼女はまた優しく微笑む。


「…読書の邪魔をしてごめんなさい、これで失礼するわ。消灯時間には、ちゃんとベッドに入りなさい。」

「はい、本をありがとうございます、マザー」

「……それと、お誕生日おめでとう、ドレーク」

「…………ありがとうございます。」


無機的な表情を崩さないまま礼を言う彼に、修道女長は少しだけ、苦笑した。


「……マザー、」


踵を返し、ドアを閉めようとした時。ふと、少年は彼女に声をかけた。


「…どうしたの、ドレーク?」


彼女が再び彼の顔を見れば、そこには少し、神妙な顔をする少年がいた。


「マザー、不滅とはなんでしょう。……不滅の名を冠していても、花はいづれ枯れてしまいます」


目を窓辺のちいさな花にやりながら、少年は何処か悲しそうに聞く。


「…不滅とは、永劫のもの。神の祝福を受け、肉体は朽ちても、永遠に残るものよ」

「………神の…」


無機質だった少年の顔に、少しの皮肉の笑みが浮かんだのを、修道女長は哀れな思いで見つめていた。
少年の、それを信ずるにはあまりに過酷だった、過去の日々を想って。


「マザー、」

「……何かしら?」


皮肉げな微笑はすぐに消して、少年はまた生真面目に聞く。


「…愛とは、なんでしょうか」


修道女長は少し目を丸くして、彼の言葉を聞いていた。

『愛とは神が人に与えた、最も素晴らしいものです。』
お決まりの説法文句を口にしようとした彼女は、しかしふと、黙り込む。

暫し、沈黙が薄暗い部屋に積もった。

それは、小皺の寄った目を綻ばせた修道女長の、穏やかな声に破られる。


「……ドレーク、小さきナイトよ。貴方はもう、それを知っているのではなくって…?」

「……?」


不思議そうに首を傾げる少年に、「後は自分でお考えなさい」と言葉を残して。修道女長はそっと、彼の部屋を辞す。


「…それじゃあね。貴方の、小さな姫君によろしくお伝えしておいて。…今度また、遊びにいらっしゃいと」

「……はい」


そうして彼女は、そっとドアを閉め、彼の部屋を去って行った。



「………愛。」



窓の外の世界は暗転し、ただ蝋燭の灯りばかりが、殆ど白に近いような紫の花を照らす。

彼はぽつりと、一人きりの部屋で。その言葉を囁いた。


「……シルヴィー。君は、それをもう知っているの…?」


問い掛けは、誰もいない小さな部屋に反響するばかり。

彼にはどうしても、その言葉が解らなかった。

少年は一つ吐息を吐いて、膝上の本をぱたりと閉じる。
そのままふっと蝋燭を吹き消すと、本を机に置き、寝台へと滑り込んだ。

外の微かな灯りで、そこから見つめる花は、燐光を帯びているように見える。
それは何処か暖かで、彼の大好きな少女の面影を匂わせた。

ちいさなシルヴィー。
おばかなシルヴィー。
守ってあげなければならない、ちいさな女の子。

目を瞑れば、その太陽のような顔いっぱいの笑みが浮かぶ。
少年もまた、知らず口元は微笑んでいた。

緩やかな眠りに包まれながら、『明日はシルヴィーと何をして遊ぼうか』と彼はそればかり。
いつもよりも幸福な夢の中で、そればかりを考えている。

そうして、窓辺のチューリップだけが。そんな彼を、そっと見守っていた。



透明の硝子瓶に挿されたちいさな花は、少年の誕生日がとうに過ぎても、その淡い紫が褪せて、しおしおと散り、枯れるまで。
枯れてしまってもなお、ずっと彼の部屋の窓辺に、大切に置かれていた。





Purple Tulip







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今年のドレ誕話は苦戦しました、ネタがなかなか無くって…
ネタを見つけても文章力が無くって…(いつものこと)

今回あんまり仕上がり良くないなーと反省しております。

紫色のチューリップの花言葉は、"不滅の愛"。そして、チューリップは10/24日の誕生花でもあります。
取り敢えず紫チューリップが題材なのは決まったんですが、そこからが大変で…三つくらい書いてボツり、書いてボツり…
それでこれなんですが、はあ…こんなんですいません…(土下座)

幼少のドレークさんは、二面性のある子として書きたかった。なんか不完全燃焼。
取り敢えず幼馴染うまい。うまい。
またオリキャラが出張ってましたすいません。


何はともあれドレークさん、お誕生日おめでとうございます!!

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