ペパーミントキャンデイ(2)




「──…刈る者は報酬を受けて、永遠の命に至る実を集めている。
 まく者も刈る者も、共々に喜ぶためである。」


 羅紗らしゃのカーテンに遮られ。午后ごごのひかりは、淡い金の色彩を帯び透けている。
 はみがき・・・・を済ませたら、おひるね・・・・の時間だ。
──…ほのかなひかりが落ちた寝台ベッドで、少女は、うつらうつらと舟を漕ぐ。……皇女さまの寝所のよう。豪奢ごうしゃな、天蓋てんがいつきのねどこ・・・

「──…四章、三十六節。」

 まいにち。こうして──…口の利けないこのどもに、聖書を一節、読み聞かせる。
──…ゆったりとした声で。
 読み上げている当人は、別段、信仰にあついわけでもない。……むしろ、その対極・・にいる。
 この選書に大した意図はなく、さしたる意味もなかった。こどもの枕元で読み聴かせるものとして……聖書これが、無難な書物であっただけ。──細かい節は歯切れが良いし、何より、膨大ですぐ終わることがないから。……ただ、それだけの理由だ。

──だからこうして、毎日、一節ずつを朗読する。

「──いえ、それよりも、」

──…特筆すべき点は、この読み聞かせ・・・・・の入眠効果が驚くべき・・・・威力であるということだ。
 どんなに少女が睡ってなるかともくしてぐずる夜だって──…この本を、ゆっくりと読んであげれば、あっというまにぐっすり・・・・だ。

「──まあ、たいくつ・・・・ですものね。」



 少女を寝かしつけたあと。おとこは、壁を歩くやもりが如く、音も立てずに──…寝室をあとにする。そうして、しろい扉をやさしく・・・・閉じた。

「──…おやすみなさい。」

 それから、襯衣シャツの下に吊りさげた──…きんいろの、ちいさな鍵束を取りだす。
 そのひとつを、ゆっくりと扉のじょうに差し込んだ。

──…かろやかな音を立て。

 少女の寝間は、とざされた・・・・・





──…ラフィットは、階段を降りてゆく。しずかな鼻唄はなうたまじりに。

「──…、──。」


 ややあって。船底近くの別室に、さきほどとは異なる鍵・・・・を差し込んだ。

──…それは、うすぐらい部屋だった。

 書架のように、無数の、固定された棚が並んでいる。
……ただ。その棚には、いかなる書物・・・・・・も納められてはいなかった。

「ん──…」

 ラフィットは、木彫もくちょうを施された棚の扉に手を触れる。──…やはり、これにも施錠がされていた。

……カチリと、鍵穴に鉄の触れる音。

「んん──……」

 吐息とともに男が発する──やわらかな、ことばのないうた・・



──…棚の中には、無数の、ちいさな、『壺』が並んでいた。

──…飴玉入れボンボニエールだ。



 優美な飴玉入れが陳列される、マホガニーの飾り棚。

──雪花石膏アラバスター飴玉入れボンボニエールの中には、しかし、
 本来入っているべきもの・・・・・・・・・・・は存在しない。
──代わりに、
 おびただしい数の小石が入っている。
──…しろく。ちいさく。いびつなかたち……。
 小石ではなかった。
──…子どもの歯。
 ひとり・・・や、ふたり・・・ぶんではない。もっと、無数の──…男がこれまで手塩にかけた、同じ容貌、同じ遺伝子の複製品こどもたち──その乳歯。あるいは、その死後に抜きとった・・・・・永久歯……。

「──やあ。……ご機嫌よう。」

 ゆったりとした声で。──…おとこは、ことばを、そらんじる。


「しばらくすれば、あなたがたはもうわたしを見なくなる。
 しかし、またしばらくすれば、わたしに会えるであろう。」


 かつて──…みな、おなじように。
 与えた飴を噛み砕いた、ちいさな、真珠の歯。

「──…十六章。十六節。」

 いつまでも、いつまでも、たいせつにとってある。






 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -