ペパーミントキャンデイ(2)
◆
「──…刈る者は報酬を受けて、永遠の命に至る実を集めている。
まく者も刈る者も、共々に喜ぶためである。」
羅紗のカーテンに遮られ。午后のひかりは、淡い金の色彩を帯び透けている。
はみがきを済ませたら、おひるねの時間だ。
──…ほのかなひかりが落ちた寝台で、少女は、うつらうつらと舟を漕ぐ。……皇女さまの寝所のよう。豪奢な、天蓋つきのねどこ。
「──…四章、三十六節。」
まいにち。こうして──…口の利けないこの仔どもに、聖書を一節、読み聞かせる。
──…ゆったりとした声で。
読み上げている当人は、別段、信仰に篤いわけでもない。……むしろ、その対極にいる。
この選書に大した意図はなく、さしたる意味もなかった。こどもの枕元で読み聴かせるものとして……聖書が、無難な書物であっただけ。──細かい節は歯切れが良いし、何より、膨大ですぐ終わることがないから。……ただ、それだけの理由だ。
──だからこうして、毎日、一節ずつを朗読する。
「──いえ、それよりも、」
──…特筆すべき点は、この読み聞かせの入眠効果が驚くべき威力であるということだ。
どんなに少女が睡ってなるかと黙してぐずる夜だって──…この本を、ゆっくりと読んであげれば、あっというまにぐっすりだ。
「──まあ、たいくつですものね。」
◆
少女を寝かしつけたあと。おとこは、壁を歩くやもりが如く、音も立てずに──…寝室をあとにする。そうして、しろい扉をやさしく閉じた。
「──…おやすみなさい。」
それから、襯衣の下に吊りさげた──…きんいろの、ちいさな鍵束を取りだす。
そのひとつを、ゆっくりと扉の錠に差し込んだ。
──…かろやかな音を立て。
少女の寝間は、とざされた。
◆
──…ラフィットは、階段を降りてゆく。閑かな鼻唄まじりに。
「──…、──。」
ややあって。船底近くの別室に、さきほどとは異なる鍵を差し込んだ。
──…それは、うすぐらい部屋だった。
書架のように、無数の、固定された棚が並んでいる。
……ただ。その棚には、いかなる書物も納められてはいなかった。
「ん──…」
ラフィットは、木彫を施された棚の扉に手を触れる。──…やはり、これにも施錠がされていた。
……カチリと、鍵穴に鉄の触れる音。
「んん──……」
吐息とともに男が発する──やわらかな、ことばのないうた。
◆
──…棚の中には、無数の、ちいさな、『壺』が並んでいた。
──…飴玉入れだ。
◆
優美な飴玉入れが陳列される、マホガニーの飾り棚。
──雪花石膏の飴玉入れの中には、しかし、
本来入っているべきものは存在しない。
──代わりに、
おびただしい数の小石が入っている。
──…しろく。ちいさく。いびつなかたち……。
小石ではなかった。
──…子どもの歯。
ひとりや、ふたりぶんではない。もっと、無数の──…男がこれまで手塩にかけた、同じ容貌、同じ遺伝子の複製品──その乳歯。あるいは、その死後に抜きとった永久歯……。
「──やあ。……ご機嫌よう。」
ゆったりとした声で。──…おとこは、ことばを、誦んじる。
「しばらくすれば、あなたがたはもうわたしを見なくなる。
しかし、またしばらくすれば、わたしに会えるであろう。」
かつて──…みな、おなじように。
与えた飴を噛み砕いた、ちいさな、真珠の歯。
「──…十六章。十六節。」
いつまでも、いつまでも、たいせつにとってある。
ペパーミントキャンデイ