花影
石畳の路を、かれは、歩いてゆく。
大柄な躰が、花崗岩を敷き詰めた地に黒い輪郭を落とす──花影の色をほのかにうつし、春の陽射しを切り抜いた、どこかやわこい輪郭だ。
道のそこかしこで、花びらが砂埃と吹き溜まりになっている。
「ドレークー!」
遠くで女が手を振った。子どものように無邪気な仕草。
めずらしいことだった。きょうは、待ち合わせの時間にまにあったらしい。
──…手は、振り返さなかった。
男は、始終無言で──…けれど、僅かに歩調を早めた。
約束の場所から、女はげんきに駆けてくる。
(……いつまでも。)
──…いつまでも、子どものままなのだ。精神も何もかも。
──その肉体だけが、時を刻んでしまった。
◆
おおきな躰の影から──男は、なにかちいさく、鮮やかなものを取り出した。
氷色の睛が、一瞬、眩しげに眇められる。
「──おはな?」
「………。」
「くれるの?」
「………。」
ちいさな、暖色の花束。かの女は、差し出されたそれに──顔を近づけた。
嬉しそうに匂いを嗅いで。それから──…
──…ぱくりと、花のひとつを食べてしまった。
◆
「──…園芸用の花卉には、たいてい、農薬か防腐剤が使用されている。」
「そうなの?」
「……食べてはいけない。」
「そうなの?」
飼育している雑食性の中型トカゲは、たんぽぽの花が好物だった。それどころか、花を見ると何でもかんでも食べようとした。
──…たとえば、カレンダーの写真の花にすら、その舌を伸ばして頻りに食べたがった。
(──…まあ、それと、似たようなものか。)
ドレークは深く考えない。
──…少女のころから変わらない。この女の奇行は、なにもいまに始まったことではないのだ。
◆
「ドレークとおんなじやつがいい。しゃかしゃかしてもらうお酒がいいの」
「………牛乳でも飲んでろ。」
バーテンダーが苦笑する。──親切なことに、ミルクベースの甘い飲み物を、わざわざシェイカーで作ってくれた。……当然、ノンアルコールだ。
「すごい、すごい!」
連れのほうは、こどものようによろんでいる。
◆
「おいしいねえ」
「……よかったな。」
◆
元同業のバーテンと話し込むあいだ、連れは利口に飲み物を舐めていた。サービスで貰ったチョコレートを、うれしそうに食べている。
──…横に座って眺めていると、逢瀬のさなかというよりは、子連れの気持ちになる。
◆
「ドレーク、」
「……どうした。」
「あのねえ、」
「………。」
──時代も。
──世界も。
「デートって、たのしいねえ」
過去とは、すべてが、ことなって、
「──…。」
──もう、なにものにも縛られることはない。
──このひとと一緒に、どこへでもゆける。
──…どこまでも、ゆける。
「……そうだな。」
──…このささやかな幸福に。
ずっと、ずっと、焦がれていたのだ。
花影
◆
【あとがき】
以前拍手短編として執筆した『木犀記』と同じシリーズのつもりで書いています。基本的にこの現パロシリーズは夢主の少女時代の話ばかり書く予定だったのですが、今回は成長したすがたでした。
ただ、おそらく彼女の心身には何らかの問題があり、「いつまでも少女のまま」「肉体だけが時を刻んでしまった」のかもしれません。
以前の木犀記では触れませんでしたが、なんとなく転生現パロのような気持ちで書いています。2015年に執筆したドレーク中編『鶺鴒のうた』と役者(?)は同じ感じです。同じ姿形、同じ人物だけれども、生きている世界が違う。記憶があるような、ないような、前世というよりはパラレル世界同士の記憶や魂の細いつながりのような…元中編とは、そんな曖昧な繋がりを持つお話です。
ちなみにTwitterのモーメントでは、この現パロシリーズに少しSFが入った、シリアス寄り中編のダイジェスト版を置いています。(ツイートをスクショした程度の下書きですが)いずれこちらも執筆したいなーとは思っていますが、いつになることやら…。