2.

──最近、彼女はダンスに凝っている。
 いや──…ダンスとは称しても、どういう類いのそれとも言えない、分類上非常に微妙な立ち位置にある代物だ。こちらからすれば、何とも珍妙なうねりと跳躍の連鎖にしか見えない。
 とは言え、恐らく彼女自身はその動きの所属を明確に定めている。
──たぶん、タップダンスのつもりなのだろう。
 言わずとも、保護者・・・による影響だ。思い当たる節はそれこそ幾らでもあったが、やはり乳児期の刷り込みが一番強かったように思う。
 経緯は至ってシンプルだ。
──当時、逼迫して彼女がお利口・・・に眺めていられるものが必要だったのだ。
 世の赤子ベビーは概してそうなのか、それともうちの子猫キティが特殊なのか──…確かなことは分からないのだけれども。とにかく、這い這い、よちよち期の彼女は脅威的な怪物モンスターに他ならなかった。
 いつも、ちょっとでも目を離せば──部屋の中へは、まったく新しい世界が生み出されていた。あの驚愕といったら!今なお時たま夢に見るほど。無念のうち、捨てざるを得なかったアンティーク家具の山。……つまりはそういう・・・・ことだ。当初、現実を受け入れるのに苦労した。
 監視していれば大人しいかというと、そんなことは全くない。むしろますますご機嫌麗しく、比例して這い回る動きの切れも尋常な様相ではなかった。とにかく、安全性と安寧の為、いっときでも長く、彼女がおしとやか・・・・・なレディでいられるよう、対策を講じなければならなかった──極力、平和的・・・手法のものを。なお、暗示だの、催眠だのもご法度だ。
(──今後の知育に悪影響を及ぼしそうな類いのことは、できれば・・・・、行いたくなかったもので──…。)
──ゆえの、タップダンスだ。
 いつも、よだれ掛けつきのお姫さまにはベビーチェアへお座りいただき、電光石火で縄抜けなされるより先、ステップを踏んでご高覧を乞うた。聞き慣れない物音に、ベルトを巧妙に抜けようとした手は止まる。
『──この男、一体なにをはじめるのだろう』とでもいうふうに──幼くまあるい双眸は、何事かと瞠られる。
 一度注意を引きさえすれば、あとはこちらのものだ。──爪先ボウルヒールのタップスを交互に、或いは同時に踏み鳴らして音律を作りながら、踊る。上下動のボールタップ、足だけのスラップ、ジャンプをすれば爪先立ちのトウスタンド、踵からのヒールスタンド。幾らでもステップを踏み、ターンを繰り返し、それらを即興で編み合わせる。腕も胴もオーバーに揺らして、いつも歌演劇風に踊った。
 三十秒もすれば視線はすっかり釘付けで、合間に音楽でも流せばなおのことお喜び頂けた。『この男、なかなか、面白いことをする』──と。ことばを知らない幼さは、そのぶんおおきく態度で示す。
 そんなふうで、一曲終わればまた一曲をせがまれる。乳児のうちでも、やっぱり彼女の集中はたいへんなものだったから。──当然、飽きるということがない。踊る限りは良き観客でいてくれる。つまりは、お行儀よく・・・・・している。
……そういう訳で、当時は彼女がおねむになるまで、いつも延々と踊った。始終ご機嫌なお客様の前で、こちらはほとんど狂人のように踊り続ける。脳裏へは、童話の残酷な結末がちらつく。灼けた鉄の上、死ぬまで踊り狂わされた哀れな悪役の姿が。おお主よジーザス
 ともあれ。一回目の乳児期、必死に編み出した技がそれだった。以降繰り返し使っている。お陰様で少しも勘が鈍らない。ただ体重が幾らか減った。
 そんなことがあったから。あんよもトイレも習得マスターして、大人しく遊ぶことを覚えた今なお──今は四周の幼児期だ──未だに彼女は踊りをリクエストしてくる。飽き足らず、自分も真似してやろうとする。
──…そういう経緯で、この少女の珍妙なタップ流派が生まれた。
 あんまり暴れすぎて嘔吐しないか、些か心配ではある。そろそろカーペットの供養塔が建ちそうだし、何より気道に逆流でもしたら一大事だ。
 鎖時計を引き出して確認したところ、午前中のティータイムにおやつを食べてから二時間少々が経っていた。子供の消化速度を鑑みても、比較的安全な時間帯と言える。取り敢えずは、吐き戻されることもないだろう。
──…さて、彼女のダンスをよくよく見てみる。
 なんと言ったって、大好きなラフィお兄さん・・・・の目の前だから。幼い肢体は自らの成長ぶりを披露すべく、上手に踊って見せようとするものの──なんて健気な子でしょうか…──だがしかし、短い足ではうまくステップを踏めない。絨毯は避けているのを見るにつけ、『硬い地面の上でやる』ということは覚えているらしいが──そもそも、素足だから音も鳴らない。ぷっくりと短い足をもつれさせながら、もちもち、ぺちぺちと跳んでいる。
……踊りと言えば、踊りなのだろうが。もはやそこに動きの原型はなく、謎の舞踊に他ならなかった。
 成長途上の短足は、機敏な動作にとことん不向きだ。跳んではもつれる足元に、少女の胴はぐらぐら揺らめく。さながら──ひれの退化した吸盤で、海底を一生懸命歩こうとする、きみょうな深海魚のようでもあった。もちもち、ぺちぺち。
──…時折、『どうだ上手くなったろう』というふうで、得意げな顔が見上げてくる。
 こちらは抱腹絶倒したいのを必死に堪えて、
「素晴らしい!」「エンジェル!」「天才です!」「パーフェクト!」
 平然と微笑を浮かべ、幾らでも賞賛し続ける。
──事実、そのすべてが真意だった。お腹が攣って死にそうなのも、また事実ではあったけれども。
 彼女はますます胸を張り、もちもち、もちもちと踊り続ける。熱が入れば入るほど、重心はぶれて奇妙な舞踏に磨きが掛かる。
……終いにはとうとう、足を絡ませぺたんと尻餅をついた。
「大丈夫ですか──」
 一瞬、ひやりとしたものの。きちんとうしろ手を突けていたので、頭から転がってしまうことはなかった。
 ひと安心に助け起せば、『いまの無し』とばかりに立ち上がり──…またダンスを再開する。驚愕の執念は、やはり全力で揺らめき、踊った。
「よくもまあ……」
──…あまりにも、一生懸命で。それが余計に滑稽で、愛らしい。
 もはや、腹部の痙攣は抑えようもなく。こちらは堪らず膝を折り、お腹を抱えて崩れ落ちる。あわや呼吸困難。顎は外れかけ、喘息気味にがたがた揺れた。
 何事かと、少女が踊りを止めて寄ってくる。咄嗟に覆った顔からは、しかし隠しようもなく笑声が漏れた。
 気遣わしげな幼さは、笑われたのに気付いた途端──ぽこぽこ背中を叩いてくる。ごめんなさいと言ったって、ぷりぷり怒ってやめてくれない。
──…か弱い、小さな手だ。いつも、これ以上は大きくなれない手のひら。
「きみは……」
 実にヒステリカル。笑いの発作はおさまらない。ほとんど喘ぎながら目元を拭えば、なんの水も出ていなかった。
 子猫はすっかり拗ねたと見えて、ぷい、とそっぽへ歩き出す。
 その背中を捕まえて、腕のなかにからめることを考えた。ずっと……。
──どうせ、また逃げられてしまうだろうから、しなかったけれども。
「きみは、なんて……」
 あまりに、一生懸命で。──…それが余計に滑稽で、愛らしい。
 いつだって、ただがむしゃらに生きている。──何度だって。
(あぁ──…、わたし、)
──…笑っているのか、泣いているのか。
 いつだって、わからない。
 両手で覆った暗闇に、ちかりと光が点滅する。びんの中の景色と似て、硝子の子宮へ潜ったように。

◆ ◆ ◆

──…あらゆる日々、終わりの時を数えている。
 それは生まれて、生まれ続ける赤子……。
──…いつも、少女は、やってくる。
 変わらない、おなじすがたで──とうめいの、硝子壜のうちがわから。
──肉の芽・・・として生えてくる。
 螺旋のように永遠に。それは、複製コピーされた──憐れでいとしい私の胎児──…。

Opium

 ラフィおじさん.拳銃ホルダーに哺乳瓶を挿して歩くその姿が都市伝説化している。事の真相は闇の中。
 ? .ペルシャ絨毯を数え切れないほど屠ってきた。嫌いなものはピーマンと口紅付きのキス。いつだっておじさんのところへ還る。
 いったいなんのいきものなのか。

↓(スクロールであとがき)


2016.03.13 リハビリと箸休みも兼ねてたまには別キャラのSSを。
 ラフィットさん、本日3/13がお誕生日だそうですね今朝知りました。80巻読んで書きましたがほぼ関係ないです。あとお誕生日も関係ない………
 ラフィットさん(推定)身長3メートルって聞いたらもうようじょしか思いつかない安易さよ………
 2019.01.17追記 3年前 日記のSSに一旦アップし、そのまま埋もれていたものをこちらの方でサルベージしました。
 原文に軽く加筆修正を加えましたが なかなか……にほんごは……むずかしい……。今後も継続的に修正していきたいと思っております。
 胡乱なあしながおじさんシリーズ、なんて改題してしまいましたが、本当に できたら シリーズ化したいなあ……。とは……。あくまで願望でしかありませんが……。
 ちょっとラフィットさんを日和って書きすぎた感……。とは言え、まあ、予定調和(??)みたいなものなので……、話数が進むにつれ調整を……、と書いた当初は思っていました(果たして続きを書けるのか……)


 
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