SSS『読書と単細胞』
2014/09/06 05:31
読書と単細胞.
日も沈んで、しばらく経った頃。
窓の外は墨色で覆われ、空には星々が輝いていた。
今日は珍しく互いのそれが重なった、休日の夜である。
私たち二人の家の椅子に掛けて、読書をする私の横で。恋人がえらく、そわそわとしていた。
「…なあ、ペル。……こんな時間だが、今日は偶の休みだから……外にでも出てみないか…?」
いつもつんけんと素っ気ない彼女だが、今日は余程の気まぐれを起こしたのか。
自分から、彼女自らこちらに夜のランデブゥを申し込んで来たのである。いや、この言い方では些か語弊があるが。
しかしそれでも、あの、あの天邪鬼の親玉のような女が。
私は背中の反り返るような感動に身を震わせながら、必死の思いで己を抑え、目前の本に目を遣り続ける。
「…………、」
「おい、聞いているのか」
「……うん」
敢えて気の無い態度を取れば、ややむっとしたような声がした。
こちらに近寄って本を覗き込む彼女。仄かな甘さを持ったその香りに、理性はぐらつきかけるが、それでも努めて無視して頁を捲る。
そうすれば、声を荒げて名を呼んできた。
「………ペル!」
「……ああ、おやつなら机の上に…」
「違う、食い物の話ではない」
「……ああ、うん」
それでもやっぱり頓珍漢な返事をし続けて、本の虫になったふりをする。途端に、彼女の機嫌は裏返る。
「ペル、聞いているのか!」
「………ん、あと一頁読んだら構ってやるから…大人しくしてろ…」
不機嫌そうにぶすっとする相手に、わざわざそれを逆撫でするようなことを言えば、きいきい鳴くような喧嘩腰で返してきた。
「構っ…! 私は犬か何かか!」
「……うん、分かった」
「…くそっ!ちっとも聞いてやいない……何だよ、折角の休みなのに、おまえは本ばかり読んで…良い加減にしろ…!」
拗ねている。
おれに構って貰えなくて、本なんかに嫉妬して、この女が拗ねている。
普段は書類に張り付いて動かない彼女へこちらが拗ねているというのに、今は全く逆の立場だ。
犬と言うより、おまえは気まぐれなネコ科の動物だろうなと答えたいのを何とか堪えながら。
私は耐え切れず、とうとう喉を震わせる。
「……っふ、はははは…」
「………何だ、突然笑い出して…気色悪い。…そんなにその本は面白いか、」
憮然として毒を吐く相手に手を伸ばし、その頭をさらさら梳いてやれば、なお一層不満げな顔。
良い加減揶揄うのも止してやろうと、口元は吊り上げたまま。その顔に視線を遣る。
「…ふふ、いや、構って貰えなくて拗ねるおまえがあんまり面白いものだから、ついな…」
「…は? ……何だと! おまえ私を揶揄って遊んでいたのか!ふざけやがって…!」
煽るように(しかしまったくの真実を答えているのだが)言えば、まさに猫が如く、肩を持ち上げて怒っていた。
「ははは、怒るな怒るな、もうこの本も終いにするから……」
そんな彼女を猫のように、膝に乗せてうりうり頬ずりをして髪を揉みくちゃにしてやりたい衝動を抑えながら。私は努めて穏やかに、本を閉じる。
「で、何だ…おれと外に行きたいのか?」
「……なんだよ、ちゃんと話聞いてたのか…くそ、人のことをおちょくって……もう結構だ、何でもない。何処にも行かない。」
頬を膨らませそうな雰囲気で拗ねる彼女の前で、内心ほくそ笑みながら切り札を切った。
「そう拗ねるなよ、悪かった。……どれ、食事でもしに行くか…?」
「そういう事なら話は早いさっさと支度をしろ。行くぞ」
"食事"という言葉を出した途端、あっさり前言撤回である。
つくづく食い意地の張った奴めと呆れながら、物凄い勢いで階下の玄関へ消えた彼女を追って、こちらも階段を降りる。
「…こら、待たないか…夜に上着も着ないで出たら風邪を引くぞ……」
「何か言ったかー!ペル!早くしろー!」
下から大声で返してくる彼女は、全く人の話を聞いていない。
「…食い物の話になるとすぐこうなんだから……分かった、今行くから玄関で大声出すな!」
「飯はおまえの奢りだよなー!」
「…分かった分かった、分かったから玄関でばたばたしないでくれ、もう夜なんだから近所迷惑だ」
「私は蟹が食いたい」
「…はあ…一気に機嫌が良くなったな…単純な奴め…」
「何だって?」
「……いや、何でもないよ…今行くから靴を履いていろ」
表では溜息をつきながら。
しかし内心では、うきうきと胸踊らせながら。
私は彼女の誘いに応じて、上着を片手に家を出た。
読書するお惚気と、腹を空かせた単細胞
(財布の中身は全て食い尽くされた)
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九月だし、秋だしという訳で。読書と食欲をテーマに。
珍しくデレてくれたっぽい軍吏長に内心どぎまぎしながら本読むふりをするペルさんと、デレとかじゃなくただ単にお腹が空いただけで外食したい軍吏長のおはなし。(ペルさんごめんなさい)
うん、書いてて思ったけど、駄目だこりゃ。
もっとまともな文章を書ける人間になりたいです。
閲覧ありがとうございました。