SSS『口付けは懇願す』
2015/05/23 00:00

夜の闇というものは、さらりと冷たく清浄なようで。実質、濁ってぬるいなにかも隠し持っている。


耳を澄ませば、様々な音が聞こえた。

妻を見つけんと求愛する、虫の声。
宵闇に紛れて狩りをする梟、駆られて悲鳴を上げる砂鼠。
遠い闇の砂漠には、毒針を隠した蠍がひそりと動き回るのだろう。
闇の恐怖から逃れるように、か弱い生き物たちは身を寄せ合う。人も、動物も。
そうして隠れ得た、ひと時の安穏。薄暗がりで、皆は息を吐く。


「何を見ている」


暗闇で、金輪が光った。
それは、猛禽の目。


「……なにも」

「さて…どうだか」


重たく硬い胸板と、その筋に覆われた肢体。
…それは、暗闇にも浮き出そうに白い。まるで、白亜の石のように。

だくだくと、血脈の音。火照った身体へ、大蛇のようにその白く、太い腕が絡み付く。
既に己を喰らい尽くした相手は、のしかかるようにして。
この身を、抱き寄せた。


「余所見か、余裕だな」

「………違う」


これは、嫉妬深い獣だ。


脱力し切って力の入らない体は、相手に容易く持ち上げられる。
僅か浮いた体に、頭はかくりと垂れ、喉元が曝け出された。

ぬるりと、其処へ舌が這う。
もう肉は喰らい尽くしたというのに、骨までしゃぶる気か。

ぞわりとした感覚に、身を震わせれば。
くつりと笑う音ののち、喉笛に歯が立てられる。


これは強欲な、獣だ。


「………止せ…跡が残る…」

「残りやしない…」


部屋に篭る熱気は、己らの身から出たそれ。
…あれほどこの身を喰らって、まだ足りないのか。

獰猛に熱い舌は首筋を這い回り、柔くそれを噛む。
固執深く、吸う。


「………ペル…」


弱々しくなる手付きで、その柔らかな髪糸の頭を抑え、退けようとすれば。
手首を拘束され、今度は其処へ唇を当てられる。


つくづく欲深い、獣だ。


「…そんな顔をするな」


憎たらしいこの獣は、猛禽ゆえ。
鳥のくせに、夜目が良く利く。

顰めた己の顔を見遣ったらしい金輪は、くつりとまた細められた。
諦めてまた脱力すれば、するりと腕は解放される。

筋張って、硬く。しかし白い相手のその指は、鎖骨をくるりと弄ぶようになぞった。


「……此処は?」


ひそやかな吐息が耳介に掛かり、湿った熱が触れる。

ぞわぞわと、身体の中枢を唆すこの獣に苛立ちながら、私はその顔を押し退けた。


「素直じゃないな」


ちり、と、痛みが走る。

それは、鎖骨の下。衣服で隠れるぎりぎりの箇所に、刻印された。
先刻まで、嫌というほど付けられた胸元の跡たちが、呼応するように疼き…
私はひとつ、蝕まれたなにかへ呻く。


「……欲深が…」

「誰の所為だか」


恨めしく言った言葉は、涼しい声に返された。

涼しく、装われた、声に。


(………そんなに不安か)


やれやれと嘆息し、その顔を撫ぜれば。
相手はするりと、頬をすり寄せる。


「…臆病な奴だな」

「……そうとも。おまえの所為でな」


喉に欲求し、首筋へ執着し。
手首に欲望を吐いて、耳へ誘惑し。
胸元に、所有の色を何度も付ける。

この男は、何に怯えているのか。


「……何処にも行きやしない」

「行かせや、しないさ」


化けの皮が剥がれたように、相手は声を上擦らせた。
ぎゅうと、苦しいまでに腕が身体を締め付ける。


「………違うだろう」

「何がだ」


背中をきつく抱かれ、仰け反ったような体制にまた呻きながら。
言えば、憮然としたような声。


「……懇願も、鎖も要らない。…唆す、必要も」

「……………」


柔らかに触れる髪糸をまた撫ぜて、私はそれを引き寄せた。
鼻先と鼻先とが、触れ合い。


「……これで、十分だろう?」


唇へ降りてきた口付けに、己はそっと微笑む。


「…………ああ」


嘆息するように、そう肯定した相手は。
今度はうんと深く、其処を貪った。


月のない夜。
虫は妻問い鳴き、生き物たちは薄暗がりに隠れる。
闇の中、それらに混じって人も眠る。

銀糸を纏う、執拗なまでの口付けに…私は、緩く目を瞑った。





(ひとつあればいいだろう)

喉 :欲求
首筋:執着
手首:欲望
耳 :誘惑
胸元:所有
唇 :情愛





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臆病な強がりペルさん。

キスの日SSSでした。
毎年この日の記念話やれなかったので、今年はやれて良かったです。

更新滞っておりまして申し訳ございません…
一ヶ月以上も長編が動かないとは何事かと皆様お怒りでしょうが、ご容赦下さいませ……
ちょっと久しぶりにキツめのスランプに陥ってしまいました。回復までもう少々お待ちください…orz




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