SSS『牝獅子の幸福』
2015/04/04 00:00

煌々と松明が、燃える。ぱちりぱちりと、音を立てて。
弦楽が、煌びやかに鳴る。打楽器の原始的な律動と共に。
酒宴の間の舞台の上では、猛獣使いが獅子に鞭を振るう。


がるる、がるる、がるるる、


鬣の立派な雄獅子が唸りながら、くるりと炎の輪をくぐる。
軽々とした、足取りで。

次いで、身体つきのがっしりとした。しかし、しなやかさも兼持つ牝獅子が、するりと輪をくぐった。

拍手喝采。
酒の入った官吏の重役たちは、大喜びである。

己の横の国王は、ぞんざいに手を叩く。
隊長はその隣で、酔って寝ている。
幼い王女は既に、寝間で就寝した。

ふと見遣った、下段の官吏の席の中。
今日は護衛の任に就いていない彼女は、その隅に腰掛けている。

退屈そうに玻璃の酒杯を舐め、何か料理をもぐもぐと食べていた。

人よりずっと良い己の眼は、その顔に憂いの色を見出す。


がるる、がる、がるる、


また、獅子が唸って。炎に包まれた障害物を、ひらりと避けた。
鞭がぴしりと、しなる。

彼女は、誰と話すこともなく。
ただ一人、孤独に酒を飲んでいた。


猛獣の芸は終わり、獅子たちは檻へ戻される。
彼らは抵抗することもなく、静かに其処へ入って行った。

がしゃんと、檻の扉が閉まる。

宴もたけなわ、また観客が大喝采をした。


…彼女は。
また首を巡らせれば、空になった杯をくるりと傾け、弄ぶその姿。
拍手もしなければ、礼を言って回る道化に声も掛けない。

その、細められた瞳の色は。
あの猛獣たちと、良く似ている。

あの獅子たちはかつて、自由に灼熱の大地を駆っていたのだろうか。
檻に入れられ、片付けられた彼らの姿は、もはや何処にも見当たらなかった。

彼女は、一人。
人の群れの中、孤高に浮き立っている。


「随分と、ご執心だな」


ふと、声がして。
横を見れば、国王が杯を傾け笑っていた。
普段の温厚なそれではなく、何処か食えない…そんな、笑みである。


「………いいえ」


首を振れば、その口はにひ、と歪んだ。
つと、かの腕が上がり。
指差したのは遠い遠い、彼女の背中。


「……お前はあれが、檻の中の獅子に見えるか? …ペルよ、」

「……………」


沈黙すれば、相手はまた笑う。
松明が、極寒の夜を赤く紅く照らした。


「……あれはな、黙って飼われるような牝獅子ではない」

「…………ええ」

「……おそろしい女だ。…だが、美しい」


いつになく饒舌なこの主には、どうやら随分と酒が回っているようである。


「……お前は、あれのそこへ惹かれたのか? …それとも、それとも……」

「…国王。そろそろお酒も、そこまでに」


やんわりと徳利を取り上げれば、相手は詰まらなそうに口を尖らせた。


がるる、


舞台裏から、獅子の唸り声が聞こえる。


「………彼女は……彼女です」


給仕に酒のお代わりを貰っている対象の女は、ちっとも酔った様子がない。
周りの人間は、皆真っ赤だというのに…酒精へ対し強過ぎるのもまた、損気なのやも知れぬ。

…そんなことを、素面の己はぼんやりと想う。


「……健気だな。…うむ、若き者は実に良い……ふむ、ふむ…」


愉快そうな声の国王に、喋り過ぎたと顔を顰めた。
素面のつもりでいたというのに…己もまた、この宴の熱気に当てられてしまったようである。


「………あれは牝獅子より、もっと温厚なものだ。…だが、同時にもっとおそろしいものだ。……獅子の皮は…それを隠すのに、丁度良い」


猫被りならぬ、獅子被りだな。

一人でけらけらと笑う国王に、己は沈黙を以って肯定を返す。


「…お前は、大変な女に惚れてしまったな…ペルよ」

「…………」

「果たして御せるのか? あれを……」


何も言わない己に、かの方はしかし楽しそうだ。


「……猛獣のように御す必要など…ありませぬ」

「……御さねばいずれ、あれは己自身を喰い殺すぞ」

「…代わりに私が喰われましょう」

「……ふーむ、愛か…」


若いというのは良きこと、良きこと。

しとどに酔った相手は、同じ言葉を繰り返す。


「……あれも、幸せ者だな」


退屈そうにあくびをする彼女を二人で見遣れば、国王はぽつりと言った。


「……ええ、とんでもない幸せ者です」


それへ平坦な声で返せば、「随分と自信があるのだな」と揶揄われる。


「…私のみでは、ありませんよ」


彼女は、その苛烈さを以って人を遠ざけていた。

だが、その壁をすり抜け。
現に彼女を王女は慕い、国王や隊長に親愛を受け、兄分に可愛がられ。
……そして己は、彼女を愛している。


「……とんでもない、幸せ者ですとも…」


呟けば、国王はにひひと道化のように笑った。


「…嫉妬か?」

「…………さて…」


松明の輝きに目を瞑った、己の横。

国王はまた一つ笑むと、席から立ち上がり。
手を打ち鳴らして、宴の終焉を告げた。




(おまえが、それに気付かずとも構わない)





****

4/4、獅子の日SSSでした。

何かの宴席へ、国王の護衛に立つペルさんと、軍吏科代表として参加した軍吏長のおはなし。
ペルさんはお仕事中なので、呑んでません。

様々な人に敵視され、孤独な一方、直近の人々にはその才能と心を愛されている軍吏長。
彼女はその幸福に、気が付いているのでしょうか。

気が付かないならそれでも良いと、そう彼女を甘やかしてしまうペルさんでした。

道化役はチャカさまでも良かったのですが、国王様の方が広く中立の視野で二人を観察できるだろうと、国王様にやっていただきました。年季も入ってますしね。
ひょうきんなようで、しかし食えない中年感が好きです。




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