SSS『馬鹿に呑ませる針は無い』
2015/04/01 00:00

「大丈夫か」と問えば、「平気だ」と強がって言う。

嘘のつけない不器用者の癖に、どうしようもない天邪鬼。
今更ながらに考えてみれば、己の恋人のこの女は、実に妙な女である。


「……まあ、要するに…おまえは、超の付く大馬鹿者だということだ」

「…………煩い」


目前で気怠げに目蓋を薄開き、頬を上気させる相手へ言えば、可愛げの欠片も無い返答。

それに嘆息して、額へ水で冷やした手拭いを掛け直す。
咥えさせた温度計は、平熱を大きく上回っていた。


「…だから朝に言っただろう…怠いならば、休めと…無茶をするからこうなる…」

「……何とかなると思ったんだ」

「浅はかな…」


今朝、怠そうに身支度していた彼女を見咎めて、休むようには言ったものの。
案の定であるが、それはにべもなく無視され…内宮で別れて五時間後、彼女と再会したのは医務室だった。


「……ほんの、軽い風邪だ」

「軽い風邪でこんなに熱が出て堪るか、阿呆」


嫌がる相手に医者が調合した苦い薬を飲ませ、立ち上がって軍吏科へ戻ろうとするのを寝台に留めさせ。
熱に魘されるのか、時折辺りを徘徊しようとするので、乳幼児より目が離せない。


「……もう逃げたりしないから…ペル…おまえ、職務に戻れ……」

「…チャカに任せてきたから、大丈夫だ」

「………大丈夫じゃないだろう…わたしは、平気だから…」

「何を言うか、病人は下手な気を回さずに寝ていろ」

「……………うるさい」


ぼそりと反駁した相手は、しかしゆるりと目を閉じた。

暫く黙っていれば、やがてすうすうと寝息が聞こえる。
そっと、首を冷やしていた氷嚢を取り替えてやり、薄らとかいた汗を拭ってやった。

沈黙が粉のように、薬の香のする部屋へ積もる。

うう、と呻き声が聞こえて、はっとその顔を見遣れど。
依然として、その目蓋は開かれなかった。


「………どうした、悪い夢でも見ているのか?」


汗ばんだ髪糸を撫で付けて、病熱に紅い耳介へ囁く。
返事は、無い。
しゅうう、と、悪夢の欠片のように。蒸気にも似た吐息が、その薄い唇から吐き出された。

布団からだらりと垂れた腕は、何かに怯えるように強張り、震えている。


「………何が、"平気だから"だ…」


その目頭を伝って行ったのは、果たして生理涙なのか。
ぬるい温度のそれを、指で拭って。
私は熱い、彼女の頬を撫ぜる。

震える手のひらに触れれば、ぱっと腕を握られた。


「……何処にも行きやしないから…そう、泣くんじゃない」


その熱い手を握り返し、己はまた嘆息する。
安心しろと呟けば、その力は幾分緩まった。


(おまえはこんなに寂しがりで、泣き虫だというのに…)


静まり返った医務室に、彼女の不規則な寝息が響く。
宮廷医の老人は、現在席を外していた。


「…強がりが、ばればれだぞ」


彼女は、いつだってそうであった。
幼い頃も、今も。痩せ我慢ばかりして…

少しは甘えてくれても良いのにと、苦々しく思いながら。
私はその熱い頬にそっと触れ、また呟く。



「…大馬鹿者の、嘘吐きめ……」



悪夢も去って行ったのか。彼女は己の心内など、何も知らずに。
穏やかな顔で、眠っていた。




鹿
(大嘘つきの、寂しがり)




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なんか睡眠DAYの時と被ってる気がしないでもないけどきっと気のせい。
去年エイプリルフールやっちゃったしどうしようと悩んで結局ただの嘘つきの話になった。

近況:長編の播種期編、書き溜めが進みませんすみませんもう少々お待ちを。




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