出発の日、幸村は城下まで彼女を見送った。

名前は一張羅を下ろし、華やかな着物に身を包んだ。何時もとは違う着物に、今日が正月であればいいのにと思う。

彼女は籠の窓から顔をだし、長旅は腰にきそうです。と笑っていた。

籠に乗り、髪には飾りをつけ、華やかな着物。ああ、まるで本当の輿入れのように錯覚してしまう。


「兄上、町を出ますのでこの辺で」

「あ、ああ」


幸村は山へ続く道をぼんやりと見つめる。風が吹いて葉が流れた。幸村は少々間を置き、馬から降りる。


「あ、降りずに、兄上」

「よい、それより名前」


幸村は馬から降りると身を屈め、籠の中へ上半身を突っ込んだ。中は思った以上に広い。ならばと、許されるまで顔を突っ込む。

これなら外の者にも見られぬし、聞かれぬだろう。


「なんですか、兄上。狭いではありませぬか」


名前はくすくすと笑いながら、籠の中へ入り込んだ幸村の頬を撫でた。


「竹中殿には気をつけられい。それと、早く戻るように」

「兄上は一向に私から離れられませんね」

「・・・そうだ、それはこれからもだ」


名前はきょとんとしながらも、幸村の頬をよしよしと撫でる手を休めない。

幸村は狭い車内へぐい、と片腕を侵入させ、彼女の背に腕を回した。その行動に、名前はまた一つ笑いながら嫌々と彼の胸を押す。


「酸漿の実が生る頃には帰ってきます」

「そうか」


名前は酷い女子だ。

彼女の中で某はまだ幼い子供なのだ。酸漿が生る頃に帰ってくる。そうしたならば庭でそれを摘み、どちらが先に鳴らせるか競おうと。子供のままのそんな約束。

ならば酸漿は全部摘んで捨ておこう。しかし、それでも名前は他の事で遊ぼうとなるに違いない。


「名前」


彼女の背へと回した腕に力を込めて胸へと引き寄せた。そして名前の耳の穴へ口を寄せる。


(某はお主を好いておる)


声には出さず。いや、出せず。その言葉を音にはせずに、彼女の耳の穴へ放り込んだ。

顔を放す時に、その耳たぶにこっそりと小さく口を寄せた。名前はくすぐったいと肩を竦める。


「道中気をつけるのだぞ」

「あ、兄上」


幸村が何事もなかったように、顔を放し籠から出ようとする時。名前は彼の両頬を両手で包み、捕まえた。

彼女の目は水面の様に揺れていた、ような。


「私には兄上しかおりませぬ、私が帰る場所は兄上です」


名前の手は、名残惜しそうに離れた。


















「あー、行っちゃったね」

「佐助」

「旦那〜、姫さんが居なくて大丈夫?」

「・・・ああ、寂しいな」

「・・・ま、俺様としては騒がしいのが減って楽になるかな〜なんて」

「佐助、減給決定」

「ん?」


幸村はどんどん小さくなる名前が入った籠を、見えなくなるまでずっと見つめていた。

そんな幸村を見ながら、佐助はあーあ、と伸びをする。


(名前は)


名前は、多分、きっと、知っているのでは。






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