彼女は十を過ぎればそれなりに胸も膨らみ、体に丸みも帯びてきた。そして、男とは違う雰囲気と香りを漂わせ、そういえば女子だった。と元服を済ませた幸村に思わせた。

しかし、その年になっても幸村にとって名前は名前であり、いつまでも妹で遊び仲間だった。


「あにうえ!」

「おお、名前!稽古は終わったのでござるか?」

「うん!兄上も終わったでしょ、遊ぼうよ」

「そうだな、庭の柿の木に実が生っておったぞ!」

「ほんと?いこいこ!」


名前はぐいぐいと幸村の袖を引っ張る。

やれやれ、三日前に木から落ちてたんこぶを作ったと云うのに。膝も擦り剥き・・・・あの日の佐助の慌てようと言ったらない。

幸村はほくそ笑みながら、ふと足元へ視線を落とした。


(?)


すると、自分達の足元に何やら赤い物が、水玉模様の様にぽつぽつと落ちていた。

その赤い水玉を視線で追い後ろを見ると、それは廊下の奥から続いていた。ああ、それは血だ。

幸村はサーと顔を青くさせた。その血は、名前の着物の奥から落ちている。


「名前!どこか怪我をしたのか?!」

「え?」

「三日前の膝か?!佐助の元へ行くぞ!」

「そんな、あれは大した怪我じゃ・・・」

「お主から血が・・・!」

「え?」


幸村が指差す血を見ると名前は少々考え込み、そして段々と目を見開いた。顔は青くなり、赤くなる。


「・・・・!」

「名前?!」


名前はその場にしゃがみ込み、両膝を抱えた。どこか悪いのではないかと、幸村は慌てだす。


「兄上、・・・・女中を呼んできてください!」

「そ、そんなに具合が悪いのか?!さ、佐助ー!」

「佐助は駄目!」


名前は泣きそうな目で幸村を見上げる。その顔には、と息を吸った。何故、彼女は頬を血の色に染めるのか。


「・・・う、馬が来たのかも・・・」

「うま?」


彼女の足首からつう、と血がまた流れる。

幸村は気がついた。今まで遊び友達の様な感覚で接していた。いつまでもこのままで居られると思ったが、名前は女子だ。


「どうしよう兄上、恥ずかしい」


どんなに体が成長してきても大人の女子とは全然違った。それに、名前は止めろと言っても木に登るし稽古を逃げ出す。

まだ子供まだ子供と思っていたが、幸村はその日、やっと彼女が女子だったのだと実感したのだ。

女中は直ぐに駆けつけ、名前を何処かへ連れて行った。その女中はやはり苦手な女子で、男とは違うふくらみが幾つもある。・・・あの女中の様に、名前も何れなるのか。

本来ならば今頃柿の木へ登り、二人で柿を齧っていた筈だ。そして佐助か女中に叱られ、渋々と木から降りるのだ。こっそり取った柿は後で干し柿にしようと・・・。


(妹でさえ無ければ、あの体、某の物に出来ただろうか?)


その出来事はあまりにも強烈過ぎた。数年経った今でも昨日の事の様に思いだせる。そうだった、名前は女子だ。

あの日から某の態度が変わった事、視線が纏わりつく事に、きっと彼女は気が付いている。










「私に白羽の矢が立ったのは、母が美濃の国の者だったからでしょう」

「・・・・・」

「覚えてはいませんが。私は美濃で生まれたと、父上から聞かされていましたし」


幸村は壁に寄りかかりながら、赤い毬を手の中で転がしていた。

毬の中に入っている鈴は、もう錆びてしまったのか昔のように甲高い音を鳴らす事は無かった。今ではカラカラとした音が鳴る。


「兄上、毬を返して下さい。それも持って行くんです」

「・・・・・」

「早く。荷造りが終わりませぬ」


幸村はちらりと名前に視線を流し、ポンと毬を投げた。彼女はわ、わ、と慌てながら宙に舞った毬に身構える。

壁に寄りかかっていた幸村は、毬が行李に納められたのを見届け、ずるずると畳みに沈み込んだ。


「それも持って行くのでござるか?何も残らぬな」

「あちらで寂しくないように持っていくのです」

「・・・某が何とかしてやると言う物を、もう知らぬ」


幸村は名前に背を向けて寝転んだ。

すると後ろ背から、はあ、と溜め息が聞こえてくる。その次に、背中へポンと何かが当たった。その何かはカラカラと音を立てている。あの手毬だ。

同時に、畳を摺る音が背中へ近づいて来た。


「何を、拗ねているのです」

彼女は寝そべる幸村の背中へ絡み付き、顔を覗いてくる。そして彼女の手が彼の頬をすう、と撫でた。

こういうのが嫌なのだ。兄妹と言えど、男と女なのに。

触れると言う行為は兄妹だからこそ許されるのか、それとも名前だからこそ、いいのか。他の女子なら幸村は逃げ出したくなるだろう。


「拗ねてなどおらぬ」

「またまた」

「嫌な予感がする」

「どんな?」


彼女は目を細めてほほ笑む。その意味あり気な笑みは、誘っているようにしか見えないのだ。末期とはこの事か。


「竹中殿はお主を気に入るに決まってる」

「まあ、何を言っているのです」

「絶対だ」

「・・・私はただの人質としていくのです。輿入れではありませぬ」

「しかし、竹中殿は名前を側に置くのだ。何れ・・・」

「同盟の上での人質ですから、直ぐに帰ってきますよ」

「・・・・お主は、某が見るに器量が良い」

「兄上ったらもう、ふふふ、・・・あはは」


可笑しそうに名前はけたけた笑う。むう、と睨んでやれば、仕舞いに腹まで抱えて笑いだした。

そうか、彼女はいなくなるのか。

幸村には見えていた。この先の事が。わかっていても、その時に感じる苦しみは味わいたくない。女々しくも恐ろしい。

ぎゅう、と目を瞑る。体中でふつふつと沸き、ぐらぐらと煮え、くるくると回る。この思いを何時ものように爆発させたい。

しかし、彼女は妹なのだぞ!






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