卑怯者の懺悔 | ナノ



思い切り抱き締めて、それから頭を下げて、多分人生の中で1番ぐちゃぐちゃで汚い笑顔をなんとか作った私に微笑んでくれた薬研は、私の涙を拭うとぼつぽつと事の始まりを話してくれた。


それはほんの些細な加州の一言から始まった小さな波紋だったらしい。


「確かにあんたは、加州の旦那や山姥切にも特別声をかけることがなかったろ?」
「うん」
「普段は怪我すりゃすぐ戻れ、怪我はすぐ治せ、ちゃんと休めの過保護具合だから心配するこたねぇと思ってたんだがな、確かに何にも言わねえなとは思ったことはある」
「…………私ね、最初に加州や山姥切が自分を卑下するようなことを言った時、何か言おうと思ったよ。でもね、駄目なの」

私も同じだ。彼らみたいにどうしようもなく自分に自信がなくって、怖くって、暗い気持ちになることがある。そんな時は、私を心配してくれる声すら信じられなくて、気にしすぎだという声が煩わしくて仕方がなかった。

「私は2人共そんなこと気にしなくたっていいと思う。加州も山姥切も十分綺麗で、強くて、素敵な人だから。何も気にしなくたって……でも、私みたいな平々凡々の、刀や戦のことに疎い奴にそう言われたって知った風な口をきくなって感じるかなって」
「そんなこたねぇよ。あんたはしっかり俺たちの事を学んで、いつも必死に調べ上げて、この本丸を回してくれてる」
「ありがとう、薬研」
「……大将、このペン借りるな」

ごそごそと配った紙を取り出した薬研は、せっかく綺麗に折り畳まれたそれをぐしゃっと開いて、本丸に残る欄に大きく丸をつけた。

「なんとなく大将が頑張ってるのも、俺らを大事にしてくれてるのも分かったつもりでいた。けど、もっとちゃんと大将の言葉を聞きに行けばよかったな」
「ううん、私が伝えなかったのがきっと一番の原因だから。だから、これからちょっとずつでも頑張るよ」
「ああ」
「それじゃあこれ、預か」
「主様……?」

預かるね、と言い切らないうちに伺うような声がした。

「五虎退?」
「ぼくもいますよー!」
「……薬研、いたんだ」

そろりと揃って顔を覗かせたのは五虎退、今剣、小夜の3人だった。

「俺は一度部屋に戻るな」
「うん」

促すと薬研とすれ違うように部屋に入ってきた3人は、並んで正座をするとこそこそと打ち合わせを始めた。
まるで秘密の会話をする子供たちのような光景に表情が、心が柔らかくほぐれていく。

「もーわかりました、ぼくがききますよ。あるじさま、ぼくたちのこときらいですか?」
「えっそっそんな聞き方しちゃうんですか?」
「おとこはきっぱりいうべきなんですよ。ねっあるじさま」
「うん、思ったことそのまま言ってくれていいよ」
「ほら!ぼくたちほかのさにわにきょーみないんですけど、あるじさまはぼくたちがいやなのかなって」
「嫌なわけないよ」

それはない。逆はあるかもしれないけれど、嫌うだなんてことはありえない。
首を横に振るとやっぱりと言った今剣が廊下に声をかけた。

「ほら、いっしょにはなしましょうよー」
「誰かいるの?」
「……盗み聞きのような事をしてしまい申し訳ありません、主君」

俯きがちに姿を見せたのは前田と秋田だった。

「以前、主君のお部屋に伺った時にあまりお部屋に入って欲しくない様子だったので……薬研兄さんは女性だからと言っていたのですが、」
「起こしにいくとすぐに帰るようにいうから。あなたは部屋に近付いて欲しくないのかもって」
「っ…………ごめんね、不安にさせて。私は一応主だから、きちんと身支度出来るまで姿を見せるのも、寒いからその間待たせるのも嫌だったの」
「そっか」
「いつも呼びにきてくれて、一緒におやつ分けたりしたのも、凄く嬉しかったよ」
「お仕事中にお菓子を持って言ったのに、ご迷惑ではありませんでしたか?」
「ううん、仕事は食べ終わってからすればいいから。私を気にかけてくれたことが、嬉しかった」

ぱあっと明るい顔になってこちらを見てくれるみんなが愛おしかった。付喪神とはいえ、特に彼らは純粋に真っ直ぐに、のびのびと接してくれていた。

「またおにごっことかしてくれますか?」
「私、すぐ疲れちゃうけれどそれでもよかったら」
「柿むいてくれる?」
「うん。燭台切みたいに綺麗にはできないかもしれないけれど」
「みんなでホットケーキが食べたいです!」
「いいよ。今度作ろう」

1つ1つ、どれも嬉しいばかりの提案に答えていくと、あっという誰かの声に反応して皆が少し待っていてくれと部屋を飛び出していった。
どどど、と沢山の足音が一気に遠ざかって静寂。数分した頃にまた一斉に足音が近付いてきた。

「しゅ、主君っ」
「僕も!」
「はい、これ」
「まだ沢山話すんでしょ。頑張って」
「こっこれも!」

パッと出されたのは小さな花束や、手紙、お菓子、色とりどりの小さな贈り物。
途端に心臓の辺りが苦しくて仕方がなくなって、胸を抑えて前のめりになった。

「主様!?」
「だっ大丈夫ですか?どこかお怪我を」
「薬研呼んだ方が」
「っ……だい、じょうぶ」
「…………ないてるの?」
「う、ん」

薬研が、大切にしてくれている気はしていたけれど、もっと聞きに行けばよかったと話してくれていた。
そうだ。私だって。
私だって、大切に思ってくれている気はしていた、私との時間を喜んでくれている気がしていた。だからもっと、聞きに行けばよかったんだ。

「嫌いなものがありましたか?」
「うう、ん……ちがうの。嬉しくて、涙が止まらないの」
「主、様……うっ」
「まえだ、なにをないて……ぐずっ」

涙は伝染するように広がっていった。私のものではない嗚咽が聞こえてきて、みんなをぎゅうっと抱き締める。
それからやっと、私はずっと噛み締めてきたものを忘れたかのように、初めて声をあげて涙を流した。



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