短編 | ナノ



「こりゃまたお約束な......」

もはや呆れ顔で家入硝子がじっとりと視線を向けた先にいた少年は、腰掛けたベッドの高さにも満たない足をパタパタと揺らしながらにっこりと胡散臭い笑顔を浮かべた。
真っ白な髪に水晶の如く透き通る瞳、幼い顔はしかし、誰が見ても整っていると感じるであろう美しさを残している。


「大体最強なら治せるんじゃないか」
「えー、嫌に決まってるじゃーん」
「まったく......」


やはり幼さを感じさせるわずかに高い声でにやりと笑った彼、五条悟はだぼつく袖をもう一重まくり同級の彼女の元を後にする。
折角なのだ、つまらない連中なぞ放っておいていい反応を返してくれそうな人物に会いたいものだ。

そんな事を考えながら正常な大きさであった自分が使っていた、サイズの合わない大きなサンダルを引きずるようにして徘徊していると、ふと外のベンチに見知った姿が映り込む。
高専でひとつ下の後輩だったみょうじなまえ。同じくここで働く彼女は恐らく任務帰りなのだろう、簡易的な背もたれに身を預けて大きく伸びをしている。

(いっこ下はみんな反応いいからなぁ。七海は冷たいけど)

最初の悪戯相手にはちょうどいいだろうと近付くと、サンダルの引きずる音のせいだろう、声をかけるより先に彼女がこちらを向く。



「......」
「......」


ぱっちりと、大きく目を見開いてなんとも間の抜けた顔をした彼女に内心にやにやと笑みが止まらない。みょうじは結構顔に出るからなぁ、と更に近付いた。


「おねーさん、こんにちは」
「こんにちは。五条先輩の親戚の方ですか?」

素知らぬ顔で挨拶をすると、先程の間抜けづらは何処へやら、なんとも面倒見の良さそうな笑顔が返ってくる。本人だと気付かれたらどう誤魔化そうかと考えていたが、どうやら映見は僕を親戚の子と判断することにしたらしい。

「そうだよ。おねーさんは?」
「みょうじなまえ。五条先輩の後輩です」
「へぇ」

昔から変なとこで固いところがあったけど、この子の敬語は子供相手にも変わらないのか......などと独りごちて隣に腰を下ろす。

「あ、何か飲み物いりますか?五条先輩にはお世話になってますし、よければ」
「じゃあオレンジジュース」
「はい」

がこん、と音を立てて落下した冷たいペットボトルを受け取り喉に流し込む。後輩だった彼女に奢ってもらうのはなんだか新鮮な気分だ。

(それにしても、僕にお世話になってるのはちゃんと分かってるんだ)

これでも彼女とは長い付き合いになるが、お固い彼女の僕に対する扱いはなんだかんだでかなり雑になっている。

(こないだも"はいはいそーですねさすがですありがとーございますー"だなんて適当に流しやがって)

こんな強くて優しくて頼りになるグッドルッキングガイな先輩をもっと尊敬する気持ちが足りてない、なんて思ったけど。


「お世話になってるって言ってたけど、五条悟のことどう思ってるの?強い?かっこいい?」
「五条先輩を、ですか?」
「そうそう!頼りになるとか、イケメンとか、性格がいいとか!」

あるだろ?いろいろ。
案にそう伝えるつもりで言ったはずが彼女が眉間にシワを寄せていく。やっべ、バレたかな。


「あのですね、君。えっと、五条くん。先輩に何を吹き込まれたかは知りませんが、五条悟のような大人になることはお勧めしませんからね」
「ええー!酷くない?それ」
「は、話し方まで似てる......」

いやそこまで言うの失礼じゃない?こんな大人なってほしいに決まってんだろ。みんなの憧れだろ。

(ま、俺みたいになれるやつなんていないだろーけど)

それにしても相変わらず扱いが雑だ。今度伊地知に腹いせしよう。


「とにかく、あんな風になりたいと思うのは絶対やめた方がいいです」
「そこまで言うの......いいとこあるでしょ?沢山」
「それとこれとは話が別ですよ」
「えっ」
「?」
「てことはいいとこは沢山あるんだ」
「そりゃあ勿論」
「えっ」
「え?」

もう次の人に行こうかな、なんて思っていたのに思いがけない言葉につい顔を彼女に向けてしまう。
へー、ふーん、ほーう。憧れるのはやめろとか言う割に僕の良いところは沢山あるんだ。まぁ良いところは沢山あるけど。
さすが僕の後輩は分かってるし可愛いところがあるもんだ。普段のあれもツンツンしてるだけだな。


「例えば例えば?」
「なんでそんなに聞きたがるんです......」
「いいじゃん!早く!」
「はぁ......先輩には余計なこと話さないで下さいね」
「分かった分かった」

話さなくても僕が本人だし。
そんな本心を覆い隠してにっこりと続きを促す。


「そうですね、えっと五条先輩はまず、メンタルが強いですね」
「うん?」
「あれだけ上層部に圧力かけられても、同僚から面倒臭がられても、後輩から呆れられても、空気読めよって視線が向けられても、それでも我を貫くのは凄いなと思います」
(それ褒めてる?)

「あと先輩は顔立ちがとても整っていますよね」
(おっ、そうそうそう言うの)

「身長もあってスタイルがいいので女性にモテます。女性から情報を聞き出したい時はあの怪しい目隠しさえどうにかすればちょちょいのちょいってやつです。大変便利そうです」
(いや、やっぱ敬意がたりてないなこいつ)

「あと僕最強とか言ってますが、まごうことなく最強ですね。こういう業界でここまで自他共に最強と認める強さを持っているのは本当に凄いことだと思いますよ」
(まあそりゃあ僕だしね)

しかし若干怪しいところはありつつもこうして言葉に出されると気分がいいもんだ。


「こんなところでしょうか」
「えー!それだけ!?」
「いや、まだありますけど。五条くん、面白がっているでしょう」
「あるならいいじゃん」


まだあるんだ、と内心驚きつつも駄々をこねると、普段僕にさも仕方のない大人だ面倒臭いな、みたいな顔を浮かべるくせに、相手が子供だからって仕方がなさそうに笑うのだから本当こいつは甘いところがある。

(こんなに頑張ってるんだし、僕のこと普段からこれくらい甘やかしてくれればいいのに)


「飽きたら止めて下さいね」
「、うん」

そんな、飽きるまで話せるんだ。
もしかしてみょうじ、僕のこと好きなのかな?まあどういう形であれ好きに決まってるか!こんな完全無欠の先輩だし。

「えーっと強い、のは言いましたもんね。あ、五条先輩甘いものが好きだからだと思うんですけれど、いつも差し入れや連れて行ってくれるお店のご飯が美味しくて。リサーチが上手なんでしょうね」
(まぁね!)
「先輩はお酒飲めないから私だけよく飲んでたりするんですけれど、基本的に飲みすぎないようにセーブかけてくれたりもするんですよ。大勢で飲む時は酔い潰れるまでってこともありますけど、2人きりの時は特に気を配って頂いてます」
(へぇ、気付いてたんだ)


そこからの彼女は凄いものだった。いくら僕のこととは言えよくもひとりの人間のことをこんな子供に延々と話せるものだ。

映画に詳しくておすすめの映画はどれも面白かった、話題のレパートリーが多くて話してて楽しい、持ち物のセンスがいい、頭の固い連中にぎゃふんと言わせているのは正直なところ気持ちがいい、記念日は覚えていないけれど耳に挟むと何かしら声をかけてくれるのが嬉しい、エトセトラエトセトラ......

もはや止めずにいたら無言の僕を置いてけぼりにしたまま指折り話続けている。


(うわ、なにこの子、僕のこと大好きじゃん。なにそれ可愛い)


「あ、あとこれは多分ですけど五条先輩はどうしようもないと判断したら躊躇なく人を、私達のことも切り捨てると思うんです。そういう決断力がありそうなところも憧れます」
「、」

へぇ、と少し驚く。みょうじは、もちろんここまでこの世界でやってきた以上適正があるのは分かってはいたが、それでもどこかぽやっとした雰囲気が強かったし、そこまで人を見ているとは思いもしなかった。


「とは言いましたけど、五条先輩は身内に甘いところがあるから。きっと自分が頑張れるところまで助けてくれると思うんです。私達後輩の事も、ちょっと面倒臭いところがありますけどね?それでも目をかけてくれてるなって感じていて。それに五条'先生'はとっても自分の生徒を大切にしているところ素敵だなって思います。周りの人にちゃらんぽらんって言われてるけどきっととても忙しいんですよ、あの人特級ですし。周りなんて程々にして放っておけばいいのに沢山目を配らせてる」

ね、甘ちゃんでしょう?
心底可笑しいとばかりに笑った彼女に今度は僕が呆ける番だった。


「切り捨てる判断力はあるけど、守ろうとしてくれて。もし切り捨てた後に立ち止まらないくらい強いけど、その実傷ついてはいるんじゃないかって思うんですよ。きっと」
「......」
「まぁそんなこと言ったら凡人の括りで考えるなーなんて言われちゃうかもしれないですけど」


どくどくと心臓が煩い。
その理由を回転の速い僕の頭は当に自覚している。


「だから私思うんです。最強が、五条悟という人間でよかったなって」





ーーーーーーー
ーーーーー




「なまえ〜!!」
「五条先輩!?なんですか急にテンションの高い。というかなぜいきなり名前呼び捨て」
「いいじゃん、僕と詩月の仲なんだし」
「じゃあ苗字で呼んで下さい」
「えーー。なまえも悟先輩って呼んでいいんだよ」
「あ、そういえば私、五条先輩の親戚の子に会いましたよ」
「僕の話無視するなよ」
「名前聞きそびれちゃいましたけど、よろしく伝えておいて下さいね」
「......」

またいつものこれだ。
つまらん。もっと敬え、そして讃えよ、とばかりに普段ならちょっかいをかけるところだけれど。


「勿論伝えておくよ。なまえがあーんなに僕のこと好きだなんて教えてもらえたわけだし」
「は、」
「最強がこのグッドルッキングガイ五条悟でよかったね
「............な、なっ、んで!それ......!」


ぼぼぼ、と火がついたように彼女の顔が赤く染まる。なまえは照れるとこんな顔をするんだ。そんな充足感にうっとりと目隠しの下の瞳を緩ませた。


(可愛いなぁ。うん、やっぱりこの子が欲しい)


「親戚の方の前なので、ちょっと過剰に、余分に、盛って褒めただけですので」
「えー?もう少しってねだっただけのはずが山のように僕の好きなところばっか話してたんじゃないの?」
「べっ、つに山のようじゃないです!」
「ふーん......あれくらいじゃ山のようにって量じゃないんだ」
「いや違っ、あー!そうじゃ!ないです!もう!!またそうやって人のことからかって!!」
「別にからかってないよ」
「はいはい。これくらいじゃからかうには入りませんよね。任務帰りでしょう。さっさと帰ったらいかがですか」
「なまえも帰るとこでしょ。飯食べに行こう」
「今日は「なまえの好きそうな味付けのローストビーフとチーズリゾットの美味しいお店。僕は飲めないけど、スパークリングも美味しいってさ」............今日はすぐに酔い潰れそうなコンディションなんです」


ああ迷ってる迷ってる。コンディションさえ良ければ沢山飲んだのにって顔。それにきっと帰れと言ったのは僕の休息を慮ってのそれだ。あの話を聞いた後ならなおさら間違い無いと確信できる。というか思えばここまで僕のこと気にかけてるくせに恋愛感情とか微塵も感じないの、絶対こいつが自分のことに鈍感すぎるせいだろ。

けれど、そんな後輩がすぐに酔いが回ってしまうなんて言うのなら今日行くしかない。まあ僕にかかれば小手先の技とかいらないけど、やっぱ酔ってたほうが口説き始めには丁度いいし、思い返してみれば酔ったこの子は可愛いんだよなぁ。

いやあ、少し前までの自分は酒を好んで飲む奴の気なんて知らないし、酔うととたんに顔を赤くするところも、箸を転がしただけで笑うところも、動作がちょっと大振りになってしまいにはうとうとし始めるところも、酔っ払いだなぁくらいにしか思ってなかったけど。


「でも僕、今日はひとりで飯食うの嫌なんだよね。だめ?」
「っ......わかりました」


(ほら僕に甘い)

いっつもなまえは酔いが回るとセーブが効かずに飲み過ぎてしまうことが多いから自力で家に帰れるくらいで止めてあげてたけど、今日は眠くなるくらいまで放っておいてみようか。お酒がまわったらまた僕の好きなところを話してくれるかな。


「五条先輩、支度できましたよ」


いいやまずは名前で呼んでもらおう。
そう決めた僕はジャケットを羽織った彼女の元に大きく一歩踏み込んだ。



prev / next

×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -