短編 | ナノ




「千寿郎、なまえ、行ってくる」
「お気をつけて。ご武運を祈っております、兄上」
「ああ。ありがとう」

少しばかりの休息と簡単に身を整えた程度で煉獄さんはまたも任務に向かうらしい。いや、たぶん私を駄々をこねた時間を削らせてしまったせいだ。申し訳ねぇ。なあ炭治郎。あっ炭治郎!!主人公にも抱きついてすーはーしたかった!!今度煉獄さんにあいたーいって甘えてみよ。


「きょうじゅろ」

ズボンをくいと引くのと彼がしゃがむのどちらが早かっただろうか。この男、あまりに愚直で剣一筋と思いきや、さすがの長男力である。とんでもねぇ。
すんっと真顔になってしまいそうな自分を耐えながらその首に腕を回した。これもし私が元の姿に戻ったら通報されるな。しょっぴかれるわ。けれど今の私は幼女!いぇすロリ合法!いぇあ!


「けがはだめだよ」
「ああ」
「かえったらね、せんじゅろがおいしいごはんくれるよ」
「それは楽しみだ」

幼子の私がそばにいるからか普段より声のトーンは落ち着いている。穏やかなそれにきゅんとして、湧き出る欲のままにすりすりと彼の頬とをすり合わせた。えっ嘘やん、肌さらつやでは!?そして私煉獄さんと......肌を、重ねている......!?(頬をすり合わせているだけである)

そのまま私を抱き上げた彼は私をぎゅうと抱きしめると、千寿郎くんの頭をそっと撫でる。誰にも気遣いと愛情を忘れない男、煉獄杏寿郎......と胸を震わせる私をそっとおろした彼は任務へと向かって行った。

つーか幼女凄くね?最近よく幼女設定みるのも納得だわ。ついでに言うと煉獄さんご帰宅の暁にはその逞しい腕に抱きかかえられるがまま頬に口付けを落としたい所存。
にへへ、と表情が気持ち悪くなりそうなのを我慢して、千寿郎くんについて屋敷の中へと戻る。

「それじゃあ僕は家の掃除があるのですが......」

そこで千寿郎くんが考え込む。待つにも子供が時間を潰すようなものは殆どない。おそらく竹刀や刀を持って育った家庭だ。とは言え掃除中に面倒を見るというのも難しいものがある。


「なまえ、おそうじする」
「手伝ってくれるのですか?」
「うん。いいよ!」

掃除中に槇寿郎さんに絡むのもありだけれど、さっきせっついたばかりだし、何より1人家を切り盛りする千寿郎くんをまず手伝わねば!とにっこり笑って彼の手を取った。
彼の手もまた皮が厚く、長く鍛錬を続けているのだろうことがよく分かる。きゅうと力を強くすれば、嬉しそうな顔で頭を撫でてもらえた。いやこれはやばい。煉獄さんの頭なでなでがこう極上の日本酒だとしたら、千寿郎くんのそれは二日酔いの朝の味噌汁。これがショタの母力......。

まあ私の方が若いんですけど!!

ヨホホ、とお花畑しかなさそうな脳みそでぬくもりを噛み締めながら、ちゃんと子供でもできる仕事を割り振ってくれる千寿郎くんのまたも母力にうっと心臓が苦しくなる。やだ、槇寿郎さん、あんたんとこの息子さんこんなに尊い......。

ふふ、とまるで息子の成長を感じる母の気持ちで......いや千寿郎くんが母とか行っておきながら母の気持ちとかだいぶ迷走してんなおい。

(落ち着け私、しゃっきり!しゃっきり!!)


しかし大掃除ほどではないとは言え、この広い屋敷をよくしっかり掃除しているものだ。濡れた雑巾を動かす手を止めて見回すが、どこもかしこも埃なく清潔感がある。ホテルだってよくみると若干埃が......なんて事もある中こんなに綺麗なのは、きっと煉獄家の人達がなんだかんだで物を大事に綺麗に扱う人格であることと、何より毎日こうして掃除している千寿郎くんのお陰だろう。
頭撫でくりまわしてェな......と欲望のままにその背中に近付いたが、いかんせん私は雑巾を触っていた身。この手でその美しい髪に触れることは不可能である。

「......どうしましたか?」

どうしたら、と立ち尽くす私に気付いた千寿郎くんが水に濡れた手を布巾できちんと拭きながらこちらを見た。捲られた袖から覗く腕には煉獄さんには及ばないまでも細マッチョ独特のつき方をした筋肉の筋が美しく......はっ。

「えっとね」

えー、言うこと決まってないと幼女変換しようがないんだよなぁ、と言葉を濁していると千寿郎くんの視線がついとずれて、少し後に後ろから小さな物音がした。

「おっきいきょうじゅろ!」
「、その呼び方はやめろ」
「えー!ちちうえ?」
「それもやめろ」
「じゃあなんてよべばいいのー」
「知らん」

私の横を無情にもさっさと通り過ぎていったこの色男は台所に用があって立ち寄っただけのようだった。千寿郎くんともさしたる会話はないが、だかといって目障りそうにしている風もない。
ほんのちょっとしたきっかけで、少しずつ近付いていけると思うのに。そのほんのちょっとが悲しいものであっては欲しくない。

だからこそ私は、この心に傷を負った、まだ父親である優しい男に突っ込んで行こうとしていた体を止めた。いま無理に絡んでも、千寿郎くんに顔を向けさせようとしてもこの人を苦しめるだけでまだ意味がないように思えてしまったのだ。


「ね、せんじゅろ」
「はい」
「あそこぴかぴかになった!」
「本当だ。ありがとう、なまえ」
「どういたしまして。せんじゅろもありがと!」
「はい。どういたしまして」




まだ早い。少しずつ、少しずつ。

それまでは私も明るく無垢な子供で。





「本当に大丈夫ですか?」
「うん。おそとにいかない!あぶないことしない!おへやにいる」

言われたそれを復唱してえへん、と胸を張れば彼はえらいと私をひと撫でし、しかし少し心配そうに買い物へと出た。夜暗くなると危ないと話していたのできっと千寿郎くんも日の出ているうちに用をすませるのだろう。残念ながらこの体ではついて行っても荷物は持てないし、むしろ歩幅のせいで時間をかけさせてしまう。
掃除が疲れたふりをして家に残ることにした私は、大きく手を振って彼を見送った。


(さて)


屋敷は静かだ。千寿郎くんは家事に鍛錬と日々やることが多いのだろうが、沢山の暇つぶしに溢れた生活に慣れてしまっている私にはどうにも空虚さを感じてしまう。
きっとそれだけじゃないだらうけど、なんだか槇寿郎さんが中々変われないのも分かる気がする。だってこんな静かな、思い出しかない場所なんて。


「ん〜〜」

縁側というはじめての体験に足をぶらぶらさせていた私は、時間を持て余してしまっているせいか、それとも子供だからすぐに眠くなってしまうのだろうか、そのまま瞼が重くなって、私は微睡みに身を委ねた。

ああ、千寿さんのくんは私の引き取り手を探しに行ってしまったかもしれないのに。

(対策を、ねら、ね......ば)






夢を見た。


私の火葬の風景が広がって............え!!?火葬!!?別にそこじゃなくてよくない!!?せめて昏睡状態の私を友人が囲む図、とか!!通夜で私との思い出を語りながらみんながほろり涙する図とか!!死した私の写真を見て思い出に耽る家族とか!!そういうのでもよくない!!?なんで火葬されてるとこなの!!?アイェエエエ私燃えてる!!!向こうで燃えてる!!!やっぱ死んでたのね私!!!!!


ふざけんなし!なんのサービスだよ!と憤る私の耳にすすり泣く声が聞こえた。家族だ。


「ああ、親不孝ものだ」


お母さん、お父さん、ウェディングドレス姿も孫も見せられなくてごめんね。親より先に行くような娘でごめんね。もっと色んなところに行けばよかった。もっと親孝行してればよかった。

ほろほろと涙が零れおち、嗚咽をぐっと耐え忍ぶ。


私はあの時終わっているはずだった。それがなんの因果かまだここで生きている。この出来事になんの意味があるかは分からないけれど、私、ここで頑張って生きていくから。


ぐらりと視界が揺れた。意識と、愛した家族の姿が遠く遠くなって行って、




「ぅ」
「......」


私は槇寿郎さんの腕の中にいた。
今夜は赤飯じゃあーーー!!!!!うっひょーーーい!!!!




---





唐突に家にやってきた幼子が丸まって寝息を立てていた。

苛立ちを感じてもそれをぶつけられぬ事にまた苛立ち、そんな自分にもこの娘にもほとほと呆れが差してくる中、のうのうと寝ているその娘に近寄れば、そのまろい頬には涙が使っていた。


「おか、さ......おと、さん」
「っ」

壊滅した村のそばで発見された、という言葉を思い出しながらため息を1つ吐き出しその小さな体躯を抱え上げる。

馬鹿め、涼しさの残る風で体は冷え切っている。
なにもそんな小娘を寒空の下放っておくほど腐っているつもりはなく、適当な部屋に放り込んで毛布で簀巻きにしてやろう、くらいの気持ちだった。


「ぅ」


そんな最中、腕に抱かれたその瞳が薄っすらと開き俺の顔を見上げる。眠りこけていればよかったものを。


「おっきい、きょ、じゅろ」

泣いていたせいだろう、鼻声だ。
寝起き早々かけられた言葉を重ねて否定した。

「違う。俺は大きい杏寿郎ではない」
「おなまえは?」
「......槇寿郎だ」


応えてしまったのは何故だろうか。
きっとこの娘のせいだ。この幼子が、あまりに静かに悲しみをたたえて寄り添ってくるから。こんななんの才能も無い、何もできやしないこの俺にすがりつくから。


「しんじゅろ」
「っ、」

ふくよかな小さい手が俺の胸元をきゅうと掴んだ。幼い頃の息子の姿が重なり心がえぐられるように苦しくなったが、まるで、それに寄り添うように娘が胸元への擦り付いた。
瞬間の痛みはその温みにじわりと和らいで、ふと、足が止まる。



「ひとりにしないで」



思わず娘を抱く腕に力が入った。







そして小さな小さな子供に心を揺られた男は知らない。

その子供はうっひょ〜〜仄かな酒の香りと一緒にダンディーな香りがするぅ〜〜〜と胸元に擦り付いただけで、寂しさを醸し出す事でより長くその腕に抱かれようとその呟きを残しただけであるということを。


そしてその意地汚い幼女は知らない。枯れたイケおじに釣られつい取り入る事を忘れていたこの小さな時間が、男を僅かながらに動かしたということを。


世に言うこれがビギナーズラックである。



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