「やっ!」
「うーん、どうしましょう」
ぷいと顔をそらした幼子に竈門炭治郎は眉尻を下げた。その幼子は、可愛らしい雰囲気の顔立ちで、幼さも相まってしかめ面をする様も愛らしい。が、一向に彼、煉獄杏寿郎から離れようとしないのである。
これでも大家族の長男として頼られ慕われてきたつもりなんだが、となんとも言えない悔しさを感じている炭治郎は気付いていない。
(ごめんな〜〜炭治郎も好きだしぎゅっと行きたいけど最初が肝心なんだよォ〜〜)
その幼子が心の内で汚い高音を今にもあげそうなのを耐え忍び、なにやら画策していることを。
私の名前はみょうじなまえ。幼馴染で高校生の毛利蘭はいないし遊園地ではなく会社から帰宅途中であったが、黒尽くめの車に轢かれてしまった私が目を覚ますと......体が縮んでいた!!このまま幼い体では衰弱してしまうと頼ろうとした小さな村は鬼によって壊滅しており、そこで私を拾ってくれた最推し煉獄杏寿郎に救われ、咄嗟にみょうじなまえと名乗った。
そして私は今!(私を見る人々の反応から)幼女偏差値の高さを実感し、炎柱の家に転がり込むために必死なのである。いざ!幼児退行!!
「困った。全く離れんな!」
「はなれん!はなれん!!」
人間は同じ言葉を返すと親近感が増すとかテレビでやっていた気がするので、煉獄さんの言葉を真似てそのままきゅうと首元に抱きついた。えっやば、煉獄さんの御髪が顔に。
「ふあふあ〜」
幼女の甘えを盾に擦り寄ると、何も気付いていない彼は仕方のなさそうな顔で私の頭を撫でた。うっわ、私人の弱みに付け込むやべぇ奴みたいだし煉獄さんやっぱ最高だなひゃっほい!!
「しかしこのままという訳にもいかん。任務もあるからせめて藤の家紋の屋敷か、隠の者に任せるか......」
「そうですね。煉獄さんにとても懐いていますが、任務となると」
「や〜!!れんごくさんのおうちがいい〜!!」
「むむ」
ばたばたと小さな足を動かしてもびくともしない彼の腕で喚けば、いや、結構喚いて、強いて言うなら絶対離すまいと隊服と髪を掴んで(赤子は自体重を支えられる握力があるとか聞いたから不自然ではないのだ......!!)、甘えて喚いてすり寄った結果。
「仕方ない。確かにここから家は遠くないなら一度千寿郎に預けるか......」
「えっ、いいんですか?」
「子供だが妙に聡いところがある。この様子では他に引き渡すより、一度連れ帰ったほうが早いかも知れん」
何、千寿郎にあてを探してもらうとしよう!
(いいえ、私はどんな手を使っても煉獄家に居座りますからね)
まるで悪役かの如く心でいることを誰にも知られぬまま、私はついに、ついにあの煉獄家にやってきたのである!!!
「千寿郎!帰ったぞ!」
「兄上っ!......そ、そちらの子は?」
「うむ。実は鬼によって壊滅状態だった村の近くにいたのだが、かれこれ半刻どうやっても俺といる、俺の家に行くと離れんでな!」
「壊滅......1人が怖いのやも知れませんね」
「そうだな。すまないが任務がある。近所の者を頼るなどしてこの子を見ていてもらえるだろうか」
「はい、勿論です!ですが僕に面倒が見れるでしょうか」
「大丈夫だ。少なくとも周りをよく見ているよく気付く子供のようだ。それに千寿郎、お前はしっかりしているからな。なんせ俺が安心して家を任せることができる自慢の弟だ」
「兄上......!はい!」
うっ、兄弟の絆とうとい......と彼らの様子をじっと見つめていると、千寿郎くんがこちらを見た。しっかりしているとは言え末っ子な上に男兄弟だからか、少し所在なさそうな顔がちらりと垣間見えたのでわたしから助け舟を出すとしよう
「ちっちゃいれんごくさんだ!」(うわ〜〜生千寿郎くんぐうそっくりなのにお母さん似なとこが強いのか未亡人感あるぅ〜〜)
「......!」
無事思考と発言を違えることなく言うべきを言った私は、そのまま千寿郎くんの方へ手を伸ばす。
「うむ、大丈夫そうだな。任せて良いか?」
「はい!」
屈んだ煉獄さんにそっと地面に降ろされ、私は名残惜しげに煉獄さんを振り返りつつも千寿郎くんにしがみついた。いやだって他でもない此処にいたいからね!絶対煉獄家の人間から離れんわ!!
「父上は部屋に?」
「はい、もう起きています」
「では俺から話してこよう」
「お願いします」
(あっ)
お父さんの説得......私のせいで煉獄さんがとやかく言われてしまうのだろうか。それは、それは嫌だ。
そんな杞憂の晴れぬまま、煉獄さんは羽織を翻し颯爽と歩いて行ってしまう。追いかけたくなる背中も尊い。あれをいつも見送り待ち続ける千寿郎くんを讃えたい。
「僕は煉獄千寿郎です。せんじゅろう、と呼んでください」
「ちっちゃいれんごくさんは、せんじゅろ!」
「はい。あなたを助けたのが、僕の兄上の煉獄杏寿郎です」
「きょうじゅろ!きょうじゅろ!」
「覚えるのが早いですね。あなたのお名前は?」
「なまえだよ!」
「なまえですね。それじゃあ行きましょう、なまえ」
きゅ、と手を握られたまま、先に中へ入っていった煉獄さんに続く形で私たちも続く。この千寿郎、声のトーン、子供を下に見過ぎ図距離も起き過ぎぬ話し方、歩幅に合わせた歩き方、完璧である。とんでもねぇ父親になれっぞ。
「それじゃあ「ふざけるな!さっさと放り出せ!!」
これからどうしようかと口を開こうとした千寿郎くんの声すら上書きする程の声、槇寿郎さんのものだろう。
びくりと肩の跳ねた私を察して焦る彼には申し訳ないが、私は声のした方に走り出した。だって今のりこまねぇと槇寿郎さんをしっかり拝めないだろ!
「あっ、いけません!なまえ!」
続く強い言葉が聞こえる方へ必死に足を運ぶ。スタートダッシュがきいたのか、なんとか千寿郎くんに捕まる前に部屋までたどり着くことができた。
「いつから家は「きょうじゅろ!!きょうじゅろ!!」
もう少し、というところで名前を叫べば、会話......もとい一方的な叱咤のような声が止む。ここは礼儀など知ったこっちゃねぇ!あいあむ幼女!
開いたままのそこに廊下から駆け込み、驚いた様相の煉獄さんの元へとダイブした。そんでもって受け止めてくれました。もう一生ここにいたい。しっかり鍛えられた体躯と男らしさの中に品を感じさせる暖かな温もり。無惨さえいなきゃこのまま平和にいれたってのにこん畜生。
「こいつか」
一瞬思考を他所へやっていると、渋い声が苛立ちを孕んだままに発せられた。うっひょ枯れた親父枠ってのも乙なもんでぇ。
さて、ここで私を睨んでくるイケおじにどう対処するか。普通にいったのでは返り討ちにあっておしまいだ。だがしかし、私は今や愛くるしい幼女である。この短い距離を走ったせいで火照り、あとこの体につられているのか大きな声で驚き涙の滲んだまま、目の前にいる彼をにらんだ。
「おっきいきょうじゅろは、きょうじゅろいじめちゃだめ!」
「よもや」
「っ」
どうだ。どうだろうかこの威力。
あまり描かれなかったとは言え私は確信しているぞ。煉獄槇寿郎。恐らくお前は、男になら結構ガンガンにいける、女性にもきつくし過ぎないようにはするだろうが当たるだろうが、女!しかも幼子には!実力行使には出れないだろうってな!!(これでつまみ出されたらお笑いものである)
「ちっ......おい、娘」
「むすめ?おっきいきょうじゅろ、なまえのおとうさんなの?」
「っそんな訳ないだろう!」
「!」
ひくりと驚いたようにして見せれば、声を荒げた彼がばつが悪そうにまた口を噤む。
「いいか。うちでは預からん。さっさと放り出せ」
「父上......」
あーくそ、これはまだ居候ができるか怪しいな。いやでもこれごり押ししたらいける気配もあるくね?えっどうしよ。甘える?泣き落とし?喚く?外堀から埋める?うーん、うーん。そっと廊下から覗く千寿郎くんには申し訳ないが、ここで引くわけにもいかない。よし!
そっと煉獄さんから離れた私は、恐る恐る槇寿郎さんに近付いてみることにした。
「おい、寄るな」
その声は先ほどよりも抑えられていて、性根の優しさが垣間見えたように安心する。恐らくそれで表情がふやけたものになってしまったのか、彼の眉間にぐっと皺が寄った。
「おっきいきょうじゅろ、ごめんなさいするからゆるして?」
「は、」
「なまえ、がまんするよ。泣かないし、さみしくてもがまんする。おっきいきょうじゅろから、きょうじゅろも、せんじゅろも取らないよ。かみなりでも、ちゃんと、ひとりでねるから」
ちらちらと顔を伺うように言えばぐっとおし黙る。どうだ、子供ならではの小さな、けれど子供にとっては大きい決断!舌ったらずの声!雷の日だって爆睡だけれども!ここに残るための策なんだ、許せ槇寿郎。
そんな想いをこめてじっと彼を見つめると、私に向けられていたそれが揺らぎ、そして外れた。
(勝った......!)
「っ、いいか、さっさと引き取り手を見つけろ」
「!はい!!ありがとうございます、父上!」
ついに折れたのか、思うように不満を発散もできなかったせいか彼はさっさと部屋を出て行ってしまった。
取り敢えず暫くは居て良いと許しが出たのだろう。私もこれで一安心である。
「あ、兄上!すみません、」
「いや、寧ろ彼女に助けられてしまった。なまえ、」
「なあに?」
「父上は、ああ見えて真っ直ぐでお優しい人だ。そう怖がらずにいてくれたら嬉しい」
「ちちうえ?って?」
「なまえ風にいうとすれば、おっきいきょうじゅろ、だな!」
(っか〜〜〜!!!イケメンが!推しが!!煉獄杏寿郎がおっきいきょうじゅろ、だってよ!!だってよ!!!)
「きょうじゅろ、ぎゅ〜!!」
そしてなんてったって、推しに合法的に抱きつけて、疑いなく抱き返してもらえる。これ正に極楽。どこぞの極楽教祖はこれ知らないん?勿体無い。
「せんじゅろも!いっしょに!」
「えっあっ」
「こうするのは久しいかもしれんな。来い」
「っ!」
私を片手で抱きとめたまま、もう片手を弟へ伸ばす煉獄さんの包容力プライスレス。嬉しそうな、泣きそうな顔をした千寿郎くんもまた、その腕に収まった。
(あれ、これ最終話エンディングテロップ後の1枚絵に相応しすぎん?お父さんもいれるしかなくね?)
そう、これは。原作とか彼らの想いがとかへったくれもねぇただただ個人の願望に満ちた私が、汚い手を使ってでも煉獄家を笑顔と愛に満ちた一家にすべく奔走するハートフル幼女ストーリーなのである。
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