短編 | ナノ


!コミックネタバレ注意!






「なまえ!」

見覚えのある羽織と箱を身につけた彼の声が響く。彼がしてくれたように大きく手を振り返したあと、駆け足で寄れば向こうもこちらへと来てくれた。

「久しぶり!炭治郎!」
「ああ。元気だったか?」
「ぼちぼちってところ。炭治郎はこの間の怪我も治ったみたいだね」
「もうすっかり元通りだ!」

ほがらかに笑う私の数年あとに鬼殺隊に入って、以来中々の早さで実力を伸ばしていく彼は、入隊したばかりの後輩らしさがいい意味ですっかり無くなり今や頼れる同僚だ。

「そっか。お友達とは一昨日まで一緒に......」
「善逸は随分ギリギリまで駄々をこねていたから少し心配だ」
「きっと大丈夫だよ。何より頼れる奴だって炭治郎が言ってたじゃない」
「確かにそうだな!なまえは誰かと一緒だったのか?」
「うん、ここ2ヶ月ほどは基本的にね」

炭治郎は話によく聞く仲の良い彼らと同じ任につくことが随分と多いらしい。一方の私は何度か炭治郎をはじめとした隊士と一緒に動く事はあれど、基本単独任務が多い。

「ああ、でもここに来る前にね。煉獄さんに会ったよ」
「へぇ、確か以前もそんな話を聞いた気がする。よく会うんだな」
「多分、煉獄さんの担当区域と私が割り振られる地区が似てるんだと思う」

鬼の噂がたてば場所関係なく直ぐ様向かうが、とは言え全国を行ったり来たりすることは早々無い。柱ほどではないが一般の隊士もまた、ある程度派遣される区域が定まっている事もある。その方がその土地での小さな変化に気付きやすいからだ。

炎柱である煉獄さんとは、本当に偶然会って一緒に食事を取ったのをきっかけに(本当にお忙しい人なので中々珍しいことだと今でも思う)、よくして頂いている身だ。


「俺は煉獄さんとはまだほとんど話したことがないからなあ」
「でも胡蝶様や冨岡様とは顔を合わせたんでしょう?冨岡様は特に隊士と接点が少ないから、私としては炭治郎の兄弟子というのが驚きだよ」
「確かに冨岡さんは寡黙だからな。煉獄さんはよく話す人なのか?」
「うん、よく話すしきちんと聞いてくれる人だよ。あとよく食べる」
「よく食べる」

至極真面目な顔で復唱する炭治郎についふふ、と笑いながら先日のことを思い出した。
今日から数えて、ちょうど5日前のこと。




こうして炎柱の煉獄さんと、偶然居合わせた時に共に食事を取る程度の仲になってから2年ほどになるだろうか。

「む、もう食べないのか?」


箸を運ぶ頻度が段々遅くなっていたことに気付いたのだろう、煉獄さんは心配そうに私を見た。
気にかけてくれて嬉しい。ただ具合が悪いとかではないんです。どうしても人がたくさん食べるのを見るとお腹が一杯になった気分になってしまうんです。


「食べたいんですがお腹が一杯になってしまって......」
「そうか!みょうじは相変わらず食が細いな!最後に甘味でもと思ったが」
「甘味......余裕があればぜひ食べたかったんですが」


皿が足りぬと店員さんがどんどん片付けているが、彼の平らげた量は私の10倍なんてものではない。そんな不動の早さで食べ進めていた煉獄さんが、私の言葉を聞いて珍しく手を止め、無言でこちらを見つめてきた。

十中八九考え事をしているのだろうけれど、どこか猛禽類のような鋭さを感じさせる瞳が私の一挙一投足を見ていると思うとなんだかそわそわしてしまう。


ふいと視線を泳がせてしまった私にも表情を変えることなく黙っていた彼は、これまた唐突に口を開いた。

「それも俺が頂こう!最後に俺が甘味を注文するから、一口食べてはどうだ?」
「え、いいんですか?」
「無論だ!」

空になった煉獄さんと皿を交換すると、中々減らなかったそれがみるみる無くなっていく。

「うむ、うまい!!」
「そうですね。とても美味しいです」

食べながら話しているが、箸づかいは美しく食べ残しなく綺麗に平らげていく。そんな彼が珍しく口の横にたれをつけたままなことに気付いた私は、自分の顔の同じ辺りの位置をとんとんと指さした。

「ふふ。煉獄さん、こちらにたれが」
「よもや!」

向かい合っていたからだろうか。真逆の頬を擦り満足げな様子に心が綻んで、手元の手ぬぐいをたれがついた方の頬に寄せた。

「失礼、左側と言えばよかったですね。......とれました」
「......すまん!ありがとう!!」
「はい」

口調は変わらず、けれど僅かに紅潮した耳元を見て、柱と言えどもこうして普通に照れることがあるのだなと「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」


話の途中で大きな声をあげた炭治郎にあまりに驚いて目をまん丸にする。

「お、驚いた」
「すまない!けど、その、なまえに聞きたいんだが」

立ち止まった炭治郎は一度そこで区切り、妙に真剣な顔で私を見つめた。

「その、なまえは、......煉獄さんと、あー、えーっと、な、仲がいいのか......?」
「?急にどうしたの。そりゃあ一緒にご飯食べるくらいには仲がよいつもりでいるけれど」
「それだけか?」
「それだけ............ああ!継子になりたいとか、少し融通してほしいとかがあるなら自分で頼んでね」

流石にそこまでの仲とは言えないから、と告げるとなんとも複雑そうな顔で彼がそうか、と呟く。
納得しきれていなさそうな顔を見てふと思い出した。確か彼は水とは別の、ひのかみ、火の呼吸だったか。そうだ、だから煉獄さんに会いたかったのか。そうかそうか。


「炭治郎、大丈夫だよ」
「えっ?」
「煉獄さんね、きっと、」

そこで暫く口を噤んで考え込む。
きょとりと不思議そうな顔の炭治郎は、急かすこともなく静かに続きを待ってくれた。


(ああ、そういうところだ)


煉獄さんと炭治郎が不意に重なると感じたのは。継子と師範になるかもしれないなんて想像してみたのは。
けれどうまく説明できる気もしなかった私はこう続けた。


「会えばきっと、仲良くなるよ」








「みょうじ、君はあちらだったか」
「はい。ここで一旦お別れですね」
「何!またすぐに会えるさ!」
「はい!」

煉獄さんに言われると、また会うという約束が決して祈りでも鼓舞でもなく、ただの事実としてそこにあるような気がしてくる。

「煉獄さん、」


別れる前に一言、と名を呼ぶと、続けるより早く頭に大きな手がぽすりと乗せられた。

「杏寿郎と」
「杏寿郎、さん」
「うむ!」

よくやったとばかりに、そして予想よりもそっと優しく髪を撫でられた。その感触はいまだ記憶に鮮明に残っている。

「では、行ってくる。なまえ」
「はい」
「次は買い物にでも付き合ってくれ」

そっとぬくもりが離れて彼が背を向けた。めらめらと燃え盛るような羽織が揺れてこちらも気合が入る。

「喜んで!行ってらっしゃい、杏寿郎さん!」














そして、その約束が果たされぬままに彼の訃報を聞いたのは、炭治郎と別れてからほんのひと月と半分が過ぎた頃だった。













訳がわからなかった。
悲しいと思った。そして次に疑問。あれほどに強い人が負けた?どうして?そして、約束が果たされることは二度とないのだと気付き、心臓が締め付けられるようだった。

知らせを聞いてから少し経ってしまったが、任務を終わらせて足を運んだのは、最後の任務で同じ列車に乗った炭治郎達のところ。そこに向かう中でどう話したらいいのかずっと考えていた。
やっぱり直ぐに煉獄さんに会えたんだね、という気持ちと、きっと炭治郎は煉獄さんを好きになっただろうという確信、そして目の前でそんな人を失って悲しいに違いない彼に、私が何をできるのか。何を言うのか。


「炭治郎」
「なまえ」

そこにいた炭治郎はぼろぼろだった。
激戦だったんだ。もしかしたら目の前で慰めるような優しい顔で笑う彼にも、会えなかったのかもしれない。


「怪我は、......体は大丈夫?」
「ああ。きちんと治せばまだ剣は握れる」

上弦の参だとは風の噂に聞いていた。
だから余計にほっとして胸を撫で下ろし、寝台の脇の椅子に座って炭治郎と顔を合わせる。

じっと私を見つめた彼が、口を開く。


「煉獄さんが、守ってくれたんだ」


途端、目からぼろぼろと涙が落ちた。
そんな私の手をきゅうと握ってくれた炭治郎の手を握り返す。

「たん、じろ。......っ、教えて、くれる?」


酷だとわかっている。けれど、それでも。まるで兄のような包容力と、鬼殺の人としての凜とした強さを持ったその人の最期を。
辛いだろうに真っ直ぐな瞳で頷いた炭治郎はその列車でのことを話してくれた。


下弦の壱、横転した列車




そして上弦の鬼







「煉獄さん......っ」



いつだったか、妹共々首を切り落とそうとした少年はしっかりと、俺の最期の言葉を受け取ってくれた。
走馬灯、に近いのかもしれない。様々なことを思い出す。

「ああ、それから」


傷が痛む中で口を開いた。そして今心に浮かべているのは、鬼殺の文字を背負う少女の姿だ。

子供のように頬を汚した俺に向けられた愛らしい笑みと、身を乗り出した時に香った清廉な空気。自分の感情を理解したあの日、彼女の名を言の葉に乗せ、そして彼女に呼ばれたあの時、思っていたのだ。

次会ったら、彼女に似合う簪を贈ろうと。



"行ってらっしゃい、杏寿郎さん!"



「何ですか?他に伝えたい事があるなら、」
「......いや、そうだな」


別れ際、駆け出す寸前に見えた明るい彼女を想い、言葉を選んだ。


「もし、俺が死したとしても、それを繋いでくれる。そう信じていると」
「それは、誰に......」
「君が伝えるべきだと、......感じた人に」


愛している


伝えたら、少なくとも彼女はその頬を赤く染め上げたことだろう。その姿をこの目に焼き付けたかった。桜色の唇を奪ってしまいたかった。

(愛していると、伝えたかった。が)


苦しむだろう。
死者の残した言葉は、失うことでえぐられる心は。かつて父を大きく変えたあの時を思えば、ありありと分かる。

(どうか君は幸せに)












「......繋ぐ。そっ、か。煉獄さんは、杏寿郎さんは」
「ああ」

途中から涙どころか嗚咽が止まらなくなってしまった私の背中を撫でてくれた炭治郎の肩に顔を埋めた。


「わたし。......つよく、なる。もっと、」
「そうだな」
「もっと守れるように」
「ああ」


呼吸が落ち着いて、炭治郎と真っ直ぐに見つめあった。負けない。少しでも、少しでも多く繋いでみせよう。




「あ!?誰だこいつ!!」
「お、女の子!!炭治郎が女の子泣かせてる!?は!?何して......手繋いでんのかよぉおおおおお!!!」


そんな決意を固めてすぐ、話に何度も聞いていた彼らが病室に突入してきて一気に部屋が騒がしくなる。
ああ、今は少しだけ。この空気に救われるようだ。そしてそれに甘える私の弱さを許してほしい。



そして、




「なまえ」
「なあに?」


そして、共に悲しみを抱き決意を交わした彼、炭治郎と、


「愛してる」
「私もだよ」



愛し合い結ばれる未来が来るのはまだほんの少しだけ、先のことである。




(そして誰も、炎柱の想いを知らない)




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