短編 | ナノ



「やあ、みょうじ!」

ぽん、と肩を叩くと同時に、名前を呼ぶにしては中々に大きな声が耳に入った。

「煉獄さん、こんにちは」
「ああ、会うのは久しいな!息災か?」
「はい。煉獄さんもお元気そうで」

この人は鬼殺隊において要とも言える炎柱、であると同時に私は彼に気に入られているらしい。

「ありがとう!ところでみょうじ、よかったらこの後食事でもどうだ?」
「えっ、と......お誘いはありがたいのですが、この後所用がありますので」
「む、そうか。なら仕方がないな。またの機会に誘うとしよう!」


ありがたいことだ。
なんと言っても彼は柱。心身共に実力の伴った人物だ。熱血漢だが実直だし、見目もまた道行く女性が釘付けになることも多々ある美丈夫である。そんな人から目をかけてもらえるのは、人から羨ましがられる事とも言えよう。

けれど、


(違うんだよなぁ)



もし間違いでなければ、彼は私に好意を抱いている......と思う。もし勘違いなら恥ずかしくはあるが、色々なことを踏まえた上でそれなりの根拠を持ってそう思っている。


話しかけられるようになったきっかけは、柱合同での任務の帰り、列車での事がきっかけだろう。隣でうまいうまい!と大きな声を上げながらドン引くような量の弁当を平らげる彼の、口元や胸元の食べカスを払ってあげた。それだけだ。
それだけだったけれど、彼は一切の動きを止め顔を真っ赤にして礼を言った。当時は気恥ずかしさからだと思っていたが、以来ぐっと対面する頻度が上がったのだ。
時に任務で私の小さな傷をそれ以上に心配してくれて、任務先のお土産をふと私に来てくれて、会うたびに食事に誘われて、歩くときも肩が触れそうなほど近くを歩くし、関係を立ち寄った町先で揶揄されても否定しないし。


ただ私は、こんな身の丈に合わないであろう超優良物件を前にこんなことを言うのはもはや不敬に値するのかもしれないが、


(穏やかに包み込んでくれるような人がタイプなのである......!!)


こう、余裕があって懐が広くて、静かに笑ってたまに嗜めるように笑ってくれる。そういう人が好きなのである。
彼は元々の人柄が熱烈にして苛烈。悪いとは言わないが、少なくとも好みの男性とは正反対。故にタイプの人を探しながら(そういう意味では蜜璃ちゃんととてもウマがあう)、のらりくらりと彼を避け続けているのである。



が、




「全治1ヶ月ですね」
「うそぉ」

しくった。1ヶ月とか、柱というものでありながらなんてぐちぐちねちねち言われるに決まってる。主に不死川とか、伊黒さんとか。

「くれぐれも、くれぐれも安静にして下さい」


念には念を押して去っていくしのぶちゃんに大人しく言うこと聞こうと胸に誓って久々の休息を取ろうと布団をかぶる。あれは少しでも無茶をすれば余程酷い目に合うと見た。と、廊下の方から人の気配がぐんぐん近付いてくる。


(あっこれ煉獄さんだ)

さすが足音の無さは炎柱と言ったところか。ドアのノックにどうぞと返せば、想定していた人物がドアを開けた。

「失礼する」

私の方を見てベッド脇の椅子に腰掛けた彼を見て、あれ?と首を傾げた。


「大きな怪我をしたと聞いて見舞いに来たが、具合はどうだ」
「しのぶちゃんには1ヶ月と。まあ後遺症になるような怪我はしていないので」
「む、そうか」


やはり、違和感がある。なんだか今日の煉獄さんは大人しいのだ。まあ煩くしてしまうとしのぶちゃんに怒られてしまうし、流石の彼も怪我人の前ではこうなるのかもしれない。


「取り敢えず暫く安静にします。すみません、その分煉獄さんにも仕事が回ってしまうかもしれません」
「謝ることはない。聞いた話では複数の鬼を相手に広範囲を守りきったそうだな」
「中々苦戦してしまってこの有様ですが」


正直、柱ではあるが私に足りないものはまだまだあるように感じている。彼に対してもそうだ。男性ならではの力強さと現場の指揮力、そして純粋な剣技の高さ。
同じ階級だが彼ならもっと軽い手傷で済んだかもしれないと思うと不甲斐なさや悔しさがふと滲み出る。

そんな中不意にこめかみに温もりが触れた。


「ぇ」
「そんな事はない。鬼に襲われた人々が救われたのは、純粋に君のたゆまぬ鍛錬と努力によるものだろう」
「......」


するりと撫で付けるような優しい手つきにどくりと心臓が鳴る。だって、あれ、煉獄さんってこんなに静かに、穏やかに、


「よくやったな。今は怪我を治すことに専念して安静にするように」
「......ぇ、あ」


(大人の男性らしく笑うんだ)


思った瞬間、火を吹きそうなほど顔が熱くなった。ばくばくと心臓がうるさくなる。
やだ、うそ、だって煉獄さんってあんなに元気な男の子って感じで、うまいしか言わないし、わっしょいとか言ってるし、いっつも声大きいし。それがこんな急に、そんなのずるい。

混乱したまま、魅入るように視線をそらせずにいる私を、もちろん彼も見ているわけで。きっと私の表情も、呼吸の儘ならぬ私の今の感情だってばれているのかもしれない。
私を見つめたまま真顔でよもや、と小さく呟いた彼は、普段は瞳孔が開きっぱなしとしか思えないまんまるのつり目をすぅっと細めた。


「っ」


(いやだから、元々!!美丈夫なのに!!そんな、そんなかお、っ!!)


「なんだ、照れているのか?」


鋭い目元から視線をそらせずにいる私の頬をするりとと撫でられる。

「や、あの、」

傷に触れないよう優しく添えられた手はそのままするりと顎まで降りていき、ふに、と。悪戯に私の下唇を親指で押した。


「それとも、期待してよいのか?」
「〜〜〜〜っ」

あわあわと口を戦慄かせながらも、動くことも喋ることも出来ずに硬直する。やだ、うそ、むり、こんな。


「なんだ。言いたいことがあるなら、側にいるこの時に聞かせてくれ」
「そっ、......ぁ、の」
「ああ」


なんだ?と、うまく言葉の纏まらない私にずいと整った顔が近付く。



「は、はな、れて......ください」
「むぅ、それはあまり頷きたくはない頼みだな」
「お、お願い、します......好きになっちゃうから」
「、」

言ってしまってからぎゅうと口をひき結んだ。また、いつものやうに目を見開いた彼は、至近距離で私を見下ろしたまま、今度は眉間に小さくしわを寄せる。


「怪我人に無理をさせたくは無いのだが」
「あっ」

枕元に肘を突かれて、今までの比にならないくらい距離が近付いた。頬にかかる煉獄さんの長い髪、それから鼻の頭がぶつかって、ひくりと肩が跳ねる。
そんな様子をふっと笑った彼の吐息が唇にかかって、じわりと羞恥に滲んだ涙が1つ頬をぬるりと伝った。


「耐え性が無く恥ずかしいばかりだが、こればかりは愛らしすぎる君にも非がある」


ああ、この人は唇まで暑いのか

そこで私の意識はプツリと切れた。



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