短編 | ナノ




「なあ」

聞こえた好きな人の声に、私にかけられたものだといいななんて期待半分に振り返る。綺麗な蒼い髪をさらりと揺らす彼の瞳は残念ながらこちらを見ていなかったけれど、話しかけられたのは確かに私のようだった。凛と話しこんでいたから少しもやもやしていたのにそれがあっという間に晴れていく。

「なに?」
「あー、お前さ……来週の土曜空いてるか」
「えっ、ど、土曜……来週って次の土曜日ってこと、だよね」
「おう」
「空いてる、けど」

ぶわりと顔が熱くなって、顔を伏せて視線を横へやった。

「あの、なんで」
「その……す、水族館にだな」
「水族、館?」

それってもしかしてと胸が高鳴る。そんな一人でに暴走する私の前でそのまま彼が言葉を続けた。

「っ……り、凛の奴誘ったんだけど用事あるみてぇでよ!」
「え」
「そんでお前は予定空いてんじゃねーかって言われて誘ってみて、だな」
「あ……」

なんだ、凛の次……なんだ。
ぎゅうと心臓が締め付けられて熱が引いていく。

「空いてんならよか、」
「他の、」
「?」
「他の行ける日に誘ってあげたほうがいいよ」
「な、」
「凛って、水族館とか動物園好きだから。折角だから予定合わせて行ったほうがいいよ」
「待っ」

それじゃあ、と背を向けて足早にそこを後にした。早く離れないと溢れる涙を誰かに見られそうだった。いや、結局見られていたのだけれど。

「君も馬鹿だな」
「そ、そんなことは……」
「折角誘われたのだから行けば良かったというものを」

ふわりと芳醇な香りの紅茶を口に含んでカップを置く。言わずもがな、隣にいるのはアーチャーだ。

「でも、凛のこと誘ったって行ってたから。凛と行きたいなら凛と行ったほうが」
「頭に馬鹿がつくほどの健気さというべきかな」
「……だって、そ、そもそも、私はこの恋はさっさと終わらせるつもりでいるわけですし」
「終わらせると言っておきながらこれか」
「……まだ終わってないから仕方ないじゃないですか」
「まぁあの男の女好きを考えれば、将来的視野を持った者なら合理的にそうすべきと考えるのも分かる。だが実際にそうはいかないのが恋というものだろう」
「……」
「まあ今は考えていても気は晴れないだろうさ。早く帰って寝てしまうといい」
「はい、あの……ありがとうございます。アーチャーさん」

相変わらず嘘のない真っ直ぐな言葉なのに甘やかすような優しさをくれる人だ。

「もしちゃんと卒業できたら、……会いに来て、いいですか?」
「……君は思ったよりも甘え上手のようだな」
「そう、ですか?」
「正しくは甘やかすのが好きな者を擽るのが上手いというべきか。……そうだな、その時は来るといい」
「はい」

頭を下げて反対方向の道を歩く。少しだけ元気になれたような気がして、美味しいものを食べて寝ようなんて考えていると丁度だった。さっき逃げてきたはずの蒼とすれ違った気がして、思わず立ち止まるのと同時に腕に力強い熱さ。
気付かないふりをすればよかったのにと思いながら振り返った時には、すぐそこの壁に寄りかかっていた彼の真っ赤な瞳と今日初めて対面した。

「ら、ランサーさん」
「よう」
「どうしたんですか?さっき言い忘れたこととか」
「ちょっと来い」

日常のどこかで見かけるような、けれど通らない通りを抜けて歩いていく。

「アーチャーと、何話してたんだ」
「たまたま会って、世間話とか」
「……また会いたいとか言ってたな」
「聞いてたんですか……実はその、相談に乗ってもらったりお世話になってましたから。それでランサーさんは、」
「なあ」
「はい」
「好きな奴いんのか」
「え」
「恋愛どうこうって……」

ランサーさんだとはバレてない。取り敢えず一息ついてにっこりと笑うことが出来た。

「まあ、恋愛っていうか……いやまあそうですけど、その」
「諦めちまえよ」
「、」

息が、詰まった。
やっぱり。こんな恋なんて。こんな辛い思いしかしないなら早く諦めたい、好きでいることをやめたい。ゆらゆらと視線をランサーさんから下におろした。

「凛の奴、別に誘ってない。情けえ話だけど照れ、」
「分かってます凛ちゃ…………え?」

下にぽたりと、涙が落ちた。アスファルトの一点が濃く濡れる。

「だからっ!最初からお前をデートに誘おうって、お、おい!お前なに泣いてんだよ!」
「っ、ちが」
「なあ、泣くなって」

無理矢理顔を持ち上げて頬の涙を拭う大きな手と近くなった距離に顔が赤くなる。涙でぐしゃぐしゃなのに、もう、こんな顔近くで見られるなんて。でも今ランサーさん、聞き間違いじゃ、なければ。

「い、ま……なん、なん……て」
「っ……だから、好きだ!お前の、ことが」
「……う」
「なあ、誰だか知らねーけど、さっさと諦めろよ」

見下ろす顔は、アーチャーさんや綺礼さんに小言を言われている時よりひどく苦虫を潰したようなものだった。今まで悪戯に触れることはあっても避けてきた手に自分のものを重ねる。

「ランサーさん、あのね」



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