短編 | ナノ




「それでね、」
「なまえ」
「?」

ゲームのない、穏やかな日
他愛のない話に花を咲かせる中不意に私の名前を呼んだイライの声は、いつもよりどこか真剣なものに聞こえた。いったいなんの話だろうか、体が一瞬こわばる。

「あの、なにかな」

伺う顔色があまりにも悪かったのだろうか、彼の見下ろす顔がふと和らいだ。

「ふ、......ああ。そんな重い話じゃないんだ」
「え」
「その。お願いがあって」
「お願い......」

(それは)

それは、なんという響きだろう。
今まで助けられてばかりだった私にできることなんて少なかったから、頼みがあると、こうしてお願いされるだけでこんなにも嬉しくてたまらない。


「私にできることならなんでも」
「......なんでもなんてそう軽々しく言うものじゃ、と言いたいところだけれど。ならお言葉に甘えて」

対して豪華でも大きくもないベッドに腰掛けた彼が私の頬に手を添えた。グローブの外れた手はとても暖かくて、ふるりと震えた頬が赤く染まっていく。


「キスしていいかい」

頬に触れる手よりも熱っぽさを感じる声は、彼が触れた時既に無意識に期待していたせいか自然と耳に入り込み、疑問も驚きも持つ間も無く頷いていた。

手に擦り寄って、促されるままベッドに押し倒される。さらりと前髪が私の顔にかかって、こそばゆさにふふっと思わず笑ってしまった。まるでメロドラマのような穏やかな触れ合い。すり、と額を小突き合わせて、そのまま音もなく唇が合わさる。

それは音もなく一瞬だけのもので。
口を離した至近距離で見つめ合うのがなんだか今更に思えてきて誤魔化すように照れ笑いをした。

「へへ」
「なんだい?」
「なんでもない」
「本当に?」

試すような声音の後、今度はじぅ、と音を立てて食むようにキスされる。暖かい。嬉しい。多幸感に包まれてどうにかなってしまいそうだ。

私からもぐっと顔を寄せれば、応えるようにさらにキスが深くなっていく。


「っん、ん......んぅ」
「んん......、」

くち、じゅ、

緩やかに閉じただけの唇をこじ開けて、途端にテディベアを抱き寄せた時のような綿毛のような心地は何処へやら、途端に色香の伴うキス。ねっとりと湿った口内とざらついた熱い舌、荒くなった吐息と僅かに赤く染まった目元。

「なまえっ......ん、じゅ、ふ」
「はぅ、ん......むっ、ぅ」

口内の裏をそっとくすぐった舌は、耐えきれず逃げ腰になった私の舌に絡みつき、ねとねととやらしく舌を擦り上げてはじゅう、と器用に吸いつく。

「んん〜〜〜っ」
「ん、じゅ、......はっ」
「っん、......ふ」

僅かに距離をとった唇と唇は、互いに荒くなった吐息を感じさせて、ぼうっと本能を露わにした表情に釘付けになった。


「はぁ......っじゅ、はっ」
「は、ん......む」

口内を荒らす舌は、ただ暴れ回るのではなく、歯列をそれこそ触れるか触れないか程度の繊細さでくすぐっては、私のざらついた舌を舐めとるかのように絡ませて、添えられた手はいやらしく腰元を撫で回す。

「はぅ、む、んっ」
「んんっ」

くち、じゅうっと唾液が混ざり合う音。そしてそろりそろりと撫であげていく手が腰から上へ上へと上がっていき、ぞわぞわと体が震える。
鳥肌が立った時のようなほんの些細なその体の震えも見逃してはくれない事は、彼がその感覚に襲われる私を見下ろしてくつくつと喉の奥で笑う時点で分かっていた。

けれど文句を言う余裕なんて無いほどに、彼の手は際どい位置を擦り上がっていく。


「っぁん!んむ、ふ」

すり、と首筋の、ちょうど耳の裏あたりを優しく触れられて、それと同時にまたじゅうっと吸われたせいで肩が少し大きくビクついた。
その反応を見てかふと、貪り尽くすように触れていた薄い唇が離れていく。唾液で繋がれたら銀糸が荒く吐き出された息に揺れてぷつりと切れ、私の唇をてらてらと濡らす。

暫くは、静かな部屋に主に私の呼吸の音が響いた。段々と落ち着きを取り戻していく私のこめかみを大きな手が擽ぐる。


「なまえ」
「ん......」

もはや言葉を返すのも億劫で、ぼうっと頭上の彼を見上げる。イライはいつも穏やかで、相棒を撫で付ける時のような所作にも、普段見せる表情にもどこか品を感じさせる。けれどこういう時だけは、上品なんて似つかわしくない飢えた獣みたいな表情を見せるのだ。


「いい?」
「うん」




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