短編 | ナノ




「ありがと主!みんなに自慢してくるー!」

耽美な赤の似合う姿とは真逆に子供のようにはしゃぐ加州をひらひらと手を振って見送ると、不意に後ろから穏やかな声がかけられた。

「随分と嬉しそうに駆けていったな」
「三日月さん。……実は爪紅がもうすぐなるかると言っていたので」
「成る程。よく見ているのだな」
「別にそんなんじゃ、ないですよ」
「それでは一体なんなのだ?」
「それは……まあ、私も加州も似た者同士……ってことですかね。嬉しいんです、必要とされるのが。だからつい」
「ほう……」

誤魔化すように笑いながら彼に顔を向けると、その美しい三日月をたたえた目がすっと細くなる。

「あっ、でも加州だけ特別扱いしたいとかじゃなくて、三日月さんも、欲しいものとかしたいことがあったら言って下さいね!出来ることならなんでもします」
「じじいとは言えど男相手になんでも、と言わぬ方が身の為だぞ?」
「でも、他のみんなもそうですけど三日月さんには特に精神的にも支えてもらってますから」
「そうさなぁ……ならばこれから共にお茶でも飲んで過ごさんか?」
「喜んで!でもそれだけでいいんですか?何か他には……」
「じじいにはそれで十分さ」
「そんなじじいだなんて、見た目もそうですけど、戦場での頼りがいある背中を見てる分にはまだまだ現役って感じじゃないですか」
「そう見えるか?」
「はい」
「それはつまり、まだまだ俺にもチャンスがあるということでよいかの」
「チャンス?何かやりたいことあるんですか?」

愉しげに唇に弧を描き、そしてその大きな手が頬に寄せられる。顔を包み込まれること、そして何よりその相手が三日月さんであるせいか、安心感と少しの気恥ずかしさにじんわりと頬が赤くなり、しかし自然とその手に擦り寄る。

「……これはいかんな。癖になりそうだ」
「そうですか?私の頬、そんな柔らかくないですけど」
「いいや、柔らかいさ」

今度は両手で両頬を、こうもなるとほとんど顔が覆われているような感じだ。少し首が疲れて視線を下へと動かすと、こんどは三日月さんがふわりと動いたのが分かった。

「何よりそんな甘えた風に擦り寄られては、可愛らしくていかん」

段々と距離が近付いて、あれ、そろそろ心臓に悪い距離感なんだけどいつ止まるの……なんて目を瞬かせているうちにこつん、と額がぶつかる。ひっ、と息を喉の奥で吸ってからちらりと彼の様子を伺う。ばちりとあった視線、あまりにも近すぎる瞳の三日月にすぐさまそれを逸らした。

「あっ、あの、ちょ、ちょっと近い……んです、が」
「そうだな。桃色に色付いた頬も潤んだ瞳も、いつもよりよく見える」
「は、離れ……!」

出自のせいか、彼の元々の気質か、どこか詩的な表現は更に私の混乱と羞恥を加速させていく。なかなか離れない距離に慌てて手を外そうと三日月さんのそれに重ねると、思ったよりあっさり離れた手に今度は私の左手が包み込まれた。

「三日月さんっ、からかうのはやめて下さい……!」
「からかってなどないぞ」

空いた方の手がぐっと腰を引き寄せ、顔どころか体全体が密着する。知らない、こんな肉食な三日月さん知らない。押せ押せな三日月さん知らない。なんだこれは。

「先程よりも真っ赤な顔だ。愛い奴よ」
「っ」

ばっと手を振り払って胸元を押すもびくともしない。逆に更に近くへと引き寄せられて動きづらくなってしまった。

「叫んで誰かを呼ばぬ辺り満更ではないのだろう?何故抵抗する」
「っ」

核心を突いた言葉に震えた。確かに流されてしまえと囁く声もある。けれど、

「こういう事は、互いを慕う者同士ですることです。私は……私はただ、誰かに必要とされたくて、愛されたくて、流されそうになってるだけなんです」

加州と同じ。けれど少し違う。私の場合はみんなに愛されたい。たくさんの人に必要とされて、愛されて、嫌われたくなくて。きっと誰だっていいのだ。だからこんなに美しく、強く、優しい人に迫られたら、けれどそれは。

「それは、あまりにも失礼です」
「……それで構わぬと言ったら?」
「な、にを」

するりと下唇を指の腹で撫でられるとぞわりと背中を這い上がるような何か感覚がして肩が強張った。

「それは俺が嫌ではないということだろう?何、たんと甘やかしてすぐに俺しか見えないようにさせてやろう」
「あ……」

いい終わり、指が離れるのが合図だった。甘美な誘惑に言葉を紡ぐことも出来ず、腕の力も抜け切ったままただ近付く吐息に体を震わせる。

「愛している」



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