短編 | ナノ


冷たさがじんわりと染み込むこの季節
手元の湯呑みを口元へと運べば、顔にふわりと広がる熱い空気がじわりと頬を赤くした。

「まだ少し寒いですね」
「そうだな」

淡白な返事
続く言葉の無いいつもの様子に口が何故だか綻ぶ

「でも、少し暖かくなりましたね」

隣で動く気配がした。顔を向ければ、予想通り彼は私をじっと見ている。大方寒いのか暖かいのかどっちなんだとでも思っているのだろう。

「風は少し冷たいけれど、日差しが暖かいですから。こんな日にゆっくりできるのは幸運ですね」
「......なら出掛けたらどうだ?」
「冨岡さんは私がお側にいるの、ご迷惑ですか?」
「いや」
「でしたらこのままここに居させて下さい」
「ああ」

彼は柱。ただでさえ多忙を極めるというのに、階級は劣るとは言えど任務のある私と予定が噛み合うことは珍しい。となればこんなまたとない機会を無下にはできない。

ちらりと盗み見た横顔から表情は読み取れない。

(けれど、)


その端正な無表情は、いつものきりりと鋭く澄んだ雰囲気とは異なり、お日様の中で柔らかく溶けているような。
そう私がそれに気付けるようになったからか、それとも彼が私の前でそんな顔を見せてくれるようになったからか、縮まった距離を思うと心が弾む。

嗚呼、好きだなぁ......。


「何がだ?」

途端くるりと彼がこちらを見た

「え。......えっ?何がって」
「今好きだと呟いただろう」
「っ!」

ぶわりと顔に熱が集まる。
まさか、口に出ていたなんて。


「?」

彼の気性は穏やかで、そして真っ直ぐだ。
今もじっと私の返事を待ってくれている。その瞳から顔をそらすことが出来なくて、膝の上で隊服をぎゅっと握りしめた。


「あ、あの......その、好きというのは」


顔がそらせなくて、かろうじて目だけ横にすっとそらす。けれどどうしても視界の端には私を見つめる端正な顔がちらついてどうにも落ち着けない。


「と、冨岡さん......です......」

言い切らないうちにちらりと視線の中心に彼を据える。少しだけ丸くなった瞳。感情が見えないようでいて、こういう時に表情が分かりやすいところも愛らしさが湧いて出てきてしまって胸を締め付ける。

「俺、か」
「、はい。その、改めて言葉にするのは気恥ずかしいのですけれど。あなたの事が好きだなと、......思ったらつい口に出てしまっていて」

たまらない、この込み上げるものを抱え込んで隠すような気持ちで笑ってみれば、やはり少し目を見開いたままの彼は微動だにせず。もしかして、照れてくれたりしているのだろうか。


「冨岡さん、私、あなたのお側に居るのが好きです」

ぴくりと、本当に小さく揺れたのが見えた。
彼が私が気付けるほどに反応を返してくれていることに、むずむずと体の心の臓が疼くような感覚に陥った。一度こぼれて仕舞えば、それはころころと転がり落ちていく。


「あなたの広い背中が好きです。凛とした佇まいも、涼やかな目元も。こうして隣にいると、近くにあなたがいる事が嬉しくて、安心できて......さっきみたいに私の拙い言葉も静かに待ってくれる優しさも、あなたの口から溢れる綺麗な声も」

ころころ、ころころ、
今まで抱え込んでいた感情が


「どうしましょう。冨岡さん、私、こんなにあなたが好きで」

愛おしくて堪らなくて、泣きそうになる
それは愛しい人が私を想ってくれていることへの安堵か、今こうして触れることのできる距離にいる喜びか、不確かな未来への不安か

あまりにも大きすぎる感情とぽつりと落とされた黒い染み


そっと目を伏せて、彼に向けていた体を小さな庭へと向ける。誤魔化すように口を付けようとした湯呑みがふと奪われた。



「え」



まず目に入ったのは私の湯呑みを奪った右手、少しずらせば私の好きな人の真っ直ぐな瞳。そして既に私の首の後ろへと回った左手は暖かくて、そして手のひらの硬さが大きく包み込んで、引き寄せられて、







「......すまない」


少しだけ顔を離した彼が、私を見て硬直すると暫く、押し殺したように呟いた。
本当、今どれだけ好きか伝えたばかりだというのにあれだけでは足りなかったのだろうか。

頬を拭う手に縋るように顔を寄せた。


「今泣いたのは嫌だったからじゃないです。嬉しかったからですよ」
「そうか。なら良かった」


ばかな人。
あなたが思うよりずっと、私はあなたを愛しているのに。すぐに不安げな顔をして...。

そこではたと気付く。
まるで私と同じではないか。多忙を極める中も私という人間を尊重し、慈しみ、愛してくれる。それを理解していても不安が拭えないそれを私はよく知っている。

なんだ、
私たち愛し合ってるんじゃないか


「あの、冨岡さん」


向かい合って、さっきより近くなった距離
いつのまにか持っていた湯呑みから立ち上る湯気は仲良く並んで風にさらされて、回された腕に甘えるように彼の半々羽織を握りしめた

目の前にある、愛しい人の優しげな顔

不器用なあなたに今私が気付いたことをすぐにでも教えてあげようと思ったけれど、ほんの少し後でもいいだろうか。だって、


「もういっかいって、言ったらはしたない......ですか?」
「なまえ、お前が嫌でなければ何度でもーー」





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