短編 | ナノ



「……」

割と勢いよく教室の扉を開けた私は瞬間息を止めた。床上3センチくらいのところで踏み出そうとした足をそっと下ろし呼吸を再開する。

(寝て、る……?)

ここから見えるのは机に伏せた彼の白と赤の髪だけ。

「……ぅ」

小さく声のようなものが聞こえたけれど、全くもって動きはない。寝言を言うくらいなら置きないだろうと判断して、放課後の誰もいない教室を闊歩した。
目当てのノートを机の中から取り出すとまた後ろから寝言が聞こえる。案外可愛い内容かもしれない。蕎麦食べたいとか。

そんなちょっとした好奇心だった。轟くんは気配に敏感そうな癖に全然起きる気配がない。腕を枕に伏せた顔が少しだけ覗いて見える。

(あれ)

なんだか凄く、……悪い夢なのだろうか。珍しいと感じた。まだこのクラスになってそんなに時期は経っていない。けれども授業中だって学校での生活だっていつも冷静で、あまり感情というものを出しているところを見たことがない彼が。

「大丈夫?」

そっと頭に手を乗せた。は、いいもののいざ頭を撫でるってどんな感じでしたらいいのか分からなくて、少し髪を指に絡めてみたりしながら中々無様な撫で方をしてみる。

「轟くーん?」
「っ……」

ぎゅうっと皺の寄った眉間が少し緩んで、瞼が何回かぱちぱちと瞬く。

「おはよ」
「……」

どこかぼーっとした顔でこちらに顔を向けたから、それに合わせて手を引っ込めようとした途端その手首を掴まれた。

「っ……あーごめん。魘されてるっぽかったから。つい」
「………………そうか」

ゆっくり手が解放されて、轟くんも体を起こした。

「放課後に寝てるなんて珍しいね。疲れた?体調悪いとか?」
「いや、少し……眠くなっただけだ」
「そっか」
「お前は?」
「私は忘れ物取りに来たってとこ」

向き合うようにして前の席に座っているけれど、これはどうしたらいいんだろう。
話すことなんて浮かばなくて。メロドラマじゃないってのに視線を向け合ったままだし。

「……あ、そうだ。轟くんにいいものあげる」
「いいもの?」

日頃の行いか、単に物が少ないのか……多分後者だけれど、決して乱雑ではない鞄に手を突っ込んで小さなポーチを取り出した。

「飴ちゃんあげる」
「……」

物凄く反応がない。けれど視線はポーチに詰め込まれた雑多な飴に向いていた。貰ってくれないことはなさそうだ。

「普段から持ち歩いててね、そしたら交換しようだのなんだので沢山種類あるんだよ」

これとかどう?と少しレトロでださいデザインのイチゴ飴を差し出す。

「イチゴ駄目?」
「いや、食える」
「じゃあ、はい」

ごつごつと分厚い掌にころんと飴を乗せる。

「手、凄いね」
「?」
「なんか分厚い?しっかりしてる?……なんていうのかな」
「別に皆こんなもんだろ」
「そんなことないよ。まあ男の子だから大体似たようなもんだけど、やっぱり日頃からさ、鍛えたりとか頑張ってる人はちょっと違うじゃん」

あ、でも個性考えたら爆豪くんが一番掌分厚そうだよね。なんて小さく笑いながら言うと、自分の手の上に乗った飴を見つめながらそうだな、と短く返ってきた。

「……みょうじ」
「なに?」
「ここの、黒いのなんだ」

指差したのはイチゴの絵の下にある黒い丸。言わずもがな、開封してたかから見ると当たりかハズレか書いてある仕様だ。

「それ当たりくじだよ」
「当たりくじ?」
「駄菓子でよくあるじゃん」

目をぱちぱちさせる轟くん。けれどぱちぱちしたいのはこっちの方だ。

「あのさ、駄菓子屋行ったことある?」
「ない」
「うっそ!!」

駄菓子屋だよ?小さい子供の味方、駄菓子屋だよ?しょぼいお小遣い握りしめてきた子供の宝の山を。

「行ったこと、ない……」
「ああ。なんとなく話に聞いたことはあるが」
「と、轟くんの家はお金持ちなんですかね」
「別に普通だろ。まぁ、家庭環境は複雑だが」
「そ、そうか……そうなのか……」

内側に当たりかハズレか書いてあるよ、と教えると慎重に包み紙をあける彼が不思議と可愛く見えてきた。

「当たりって書いてある」
「え、うそ!!凄い!!」
「凄いのか?」
「だって当たると……ねぇ、この後時間ある?20分くらい」
「ああ」
「当たりの秘密教えてあげるからさ、一緒に駄菓子屋寄って帰ろ?」


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