短編 | ナノ


「おはようございまーす」
「おはよう、なまえちゃん」
「あれ、マスターは?」

シフト表では3人だった筈なのに、と静かな店内を見回す。

「ああ、今日はシフト変更があったの。一昨日安室さんが急にお休みになったから、マスターと交代して」
「えーっと、そしたら……昼からクローズまで安室さんと済ませればいい?」
「うん。よろしくね」

店内は常連の人が1人と女性客2人。一昨日の水族館事故のせいだろうか、ゴールデンウィークだからか、なんだか酷く空いてるように感じた。
小一時間程経つと梓ちゃんと常連さんが帰って、店内は私1人と女性客だけになる。今日は蘭ちゃんとコナン君が出掛けたって梓さんが言ってたから毛利さんも競馬観戦辺りにでも出掛けてて来ないだろうし、中々どうして暇なものである。

(早く安室さん来ないかな)

暇すぎて補充やら掃除やらを妙に細部まで済ませてしまった。

「おはようございます」
「あ、安室さ……え!?その怪我」
「ああ、少しぶつけてしまいまして」
「転んだんですか?」
「そんなところです」
「あの、腕とか痛むようなら運んだりとか私がやるので言ってくださいね」
「ありがとうございます。でも特に大した傷はないので大丈夫ですよ」

我が店きってのイケメンの顔についた傷に思わず顔をしかめた。確かに見た感じそんなに酷くはなさそうだけれど、昨日もコナン君が怪我をしてたし、少し心配なところである。

「しかし、今日は一段と空いてますね」
「まぁ長期休みだからみんな出掛けてるんじゃないですか?」
「なまえさんは出掛けるご予定でも?」
「それが友達に混んでる日に混んでる場所に行くのは……ってフられちゃって」
「確かにポアロのシフト、ゴールデンウィークの半分は入ってましたよね」
「あーそこでバレちゃいますよね。安室さんはどうなんですか?」
「似たようなものですよ」

そこで笑いあったところで女性2人が席を立つ。話してる最中の視線からして、多分安室さんだろうなぁと思いお願いしますと言うと、彼の方も慣れたもので爽やか度増し増しでレジへ向かった。こうしてうちの常連様が着々と増えていくわけだ。

(安室さん辞めちゃったら売上落ちるだろうなぁ)

食器を下げてテーブルセッティングを整える。レジのお姉さん方との会話はまだ続いているようだ。
安室さんが来てから若い女の人が増えて以前ほどの落ち着きはなくなったものの、前より少し賑やかで、お客様との話し声がする空間も中々オツである。

少ない食器を手早く洗ってしまうと、すぐまた手持ち無沙汰になってしまい、私はスケジュール帳を片手に来月のシフトを考え始めた。

「ありがとうございます、ご馳走様でした!」
「ご馳走様でしたー!」
「またお待ちしております」

笑顔で小さく頭を下げた安室さんに半分重ねてありがとうございましたー、と視線を向ける。扉が閉じて、窓越しに手を振るお姉さんの視線がこちらに向かないのを確認するとから手元に視線を戻した。

(最近マスター腰が辛そうだからクローズ増やすかな……)

「来月のですか?」
「ひぇっ……び、びっくりした……」
「ふっ、はははっ、ひぇって……すみません、驚かせてしまって」

愉快そうに笑うけれど、特に足音も聞こえていないのに至近距離からイケメンに声をかけられる驚きを彼は分かってないのだろうか?後ろから覗き込まれたせいで顔も体も距離感が近すぎて心臓が飛び跳ねたかのようだった。

「来月はどんな感じになるんですか?」
「クローズ増やそうかなと」
「ああ、マスターですね」
「ご名答です」
「それにしても、なまえさんの手帳……シフト以外は見事に真っさらですね」
「っ来月の予定は流石にまだ立ててないんです!」
「今月は入ってるんですか?」
「今月は、……まぁ、多少」

確認するように今月のページをめくる。やはり埋まっているとは言い難いページに肩を小さく揺らす安室さんをジト目で睨んだ。

「どうせ安室さんと違って友達少ないですよー」
「すみません、そういう訳ではないんですけど」
「本当ですか?」
「本当です。そうだ、折角予定が空いてるんだし、1日埋めてみませんか?」
「またお休みしたい日でもあるんですか?まぁ日によりますけど別に」
「違いますよ。僕と一緒にお出かけしませんか?ってお誘いです」

こことか、

そう言って安室さんが指差したのは、私の手帳の項目。前日は夕方までのシフト、翌日は丸一日休みという絶好のお出かけ日和なスケジューリングだ。

「んー……」
「この日は予定がありました?」
「いや、予定はないんですけど……」
「けど?」
「…………安室さんと遊ぶの初めてですよね」
「そうですね」
「ど、どんな感じにします?ほら、私口数少ないってよく言われますし、こいつと長時間は無理だなーって感じるようなら夜だけとか昼だけでも、」
「僕は1日中、の方がいいですね」
「それじゃあ1日で。この日を楽しみに暫く色々頑張れそうです!」

安室さんとお出かけ、とスケジュール欄に書く途中でお店の扉が開く。

「あ、いらっしゃいませ」

その場を離れて応対する。お客様は毛利さん。今日は来ないと予想してたけど大外れも良いところだ。
他愛のない話をして注文を取る私が、置きっ放しのスケジュール帳に、安室さんとデート、と書き足されている事に気付くのは家に帰ってからになる。ので、注文を伝えてからずっと彼がにやにやしてる理由もよく分からないのである。


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