短編 | ナノ


「大きくなったな、なまえ」
「えっ、」

すり、と親指が頬を撫でる。いつも抱えられてやっと同じ高さにあったはずの目は、今や彼がほんの少し屈んだだけで、こんな近くで私を見下ろしている。

「杏寿郎と、いつものように呼んでくれないのか?」
「あ、いや、その」

今の私は幼子ではなく彼と変わらぬいい年の女だ。その腰に腕を回して、顔を近付けて、言うのはそんなことではないだろう。

「どうした。名を呼んで、抱きついて、頬を擦り合わせただろう」

そっと更に近付いた距離に仰け反るよりも早く、すり、と。戯れに私がしたのと同じように触れ合ったそこからぶわわ、と熱を孕んでいく顔。

(熱い、)

ふっと笑ったその吐息が、いや、頬が触れるこの距離では際どい位置に、その動きを感じてしまうほどに唇が触れてしまっている。

「れ、れんごくさん」
「ああ、狡い子だ。名前で呼んでくれ」
「きっ、きょ、きょう、......」

声が震える、けれど少しずつ言葉を紡ぐほどに腕の中に囲う力が強くなるから、逃げるように俯いた。

「杏寿郎、さん」
「うむ!」

いつものような大きな声に少しほっとすると同時に、添えられた手がぐっと私の顔を上げさせ視線が絡み合った。

「いい子だ」


---

「ひぃっ!!!??............ゆ、め」


なんだあれ。ほんとなんだあれ。
体が戻って、れ、れ、煉獄さんが......。

(いい子だって言われてぇ〜〜〜〜〜)

今寝たら続きいけっかな、と悶々としていると隣で身動ぐ音がして、千寿郎くんの目がそっと開く。oh......これが一夜を共にした後の朝ァ。

「なまえ、大丈夫ですか?表情が優れませんが」
「なんかおきちゃった。おきがえしてくる」

お兄さんの腕に囲われる夢を見たので続きをお願いしたいとは言えず、逃げるように部屋を後にした。



「......鬼に襲われた日を、夢に見たのでしょうか......」






煉獄さんが任務へと出立してゆうに3週間は過ぎただろう。その間にも私の処遇のことで何度か手紙は行き来していたらしく、煉獄家で預かると正式に決まった後は、千寿郎くんが私にも一筆書かせてくれた。
あと小学1、2年生くらいの簡単な漢字を織り交ぜて書けば目を丸くされた。どや。
ちなみに私個人宛に当てた返事も貰った。この時代の筆で書かれた文字に慣れていないせいなのもあるとは思うが恐ろしく達筆である。煉獄杏寿郎、恐ろしい男だ。
しかもなんとこの手紙、途中で気付いたのか前半の漢字にはふりがなが振られ、後半は簡単な漢字とひらがなで形成されている。わざわざ書き直す時間が惜しいほど忙しいことが見てとれた。この手紙は今のところ毎日皆勤賞で読み直している。


そして今日、あと2、3日で帰れるとあったその日に差し掛かっている我が家へ、ついに、推しが、帰ってきました〜〜〜!!!!!いぇ〜〜〜い!!!!!どんどんぱふぱふ。


「兄上!!」

顔を綻ばせつつも決して私を置いてかけて行かない優しさが愛しいぜ、千寿郎よ。

「元気そうだな!」
「はい!」
「なまえも元気にしていたか?」
「うん!」
「千寿郎から文でよく手伝ってくれていると聞いた。ありがとう」
「あのね、なまえはえらいけど、せんじゅろはもっとえらいの。あさおはようしてね、おいしいごはんつくって、おうちぴかぴかにして、なまえいいこいいこするの」
「そうかそうか」
「だからね、きょうじゅろはせんじゅろにいいこいいこして!」

そう言って私は千寿郎くんの背中をぐいぐい煉獄さんのほうへと押しやった。まさかそんな弱い力じゃびくともしない彼だけれど、中々進んでくれない分は煉獄さんが距離を詰めてくれる。
大きな手がわしゃわしゃとかき混ぜた、嬉しそうな2人を写真に残せないことだけが悲しい。

「なまえもおいで」

っはーーー!!おいで、は最高に美味しかったですけれども!!!あーーーすまん!!!

「や!」
「む」

やや衝撃を受けた風の煉獄さんにそのまま続ける。

「きょうじゅろ、あたまちょうだい!」
「よもや、頭か?」

首をよこせと言うのか?とばかりに混乱する煉獄さんに手招きをすると、ああそういうことかと合点のいった顔で私の前に膝を、うっ、膝をついて私に微笑む煉獄さんまじ王子様......しゅきぃ......。

「これでよいか、なまえ」

この時代においてもなお人より大きな体を私に合わせて小さくした彼に興奮冷めやらず。ああ、神様ありがとう。私生まれてよかった。いやこの間死んだけれども。
私はそのまま、くっと背を伸ばして首に腕を回した。ら、彼はそのまま私が腕を回しやすいように片腕で軽々と抱え上げてくれた。あーん優しいですぅ〜〜〜。

「きょうじゅろ、いいこ、いいこ」

そのまま目線が上になった私は彼の頭を好き勝手に撫でくりまわした。
大人だったら無理だ。だって私と歳が変わらぬ、場合によっては私より若いのに私以上に苦労して頑張ってる子に、いい子いい子とも、よくやったとも言える気がしない。
けれど私は今幼女ですので!!誰の上に立つも余裕!!誰を褒め散らかすも余裕!!

「きょうじゅろはえらいねぇ。すごいねぇ。いいこいいこ」

しかもなんと言っても、幼女のいいこいいこ攻撃はよく受け取ってもらえるだけでなく重く受け止められすぎないという副次的効果もあるのだ!

「そうか、俺にはなまえがいい子いい子してくれるのか」
「うん!」

っあ゛〜〜〜〜〜!!たまりませんなぁその慈愛に満ちた瞳!!!されてる側といえ、いい子いい子なんて言葉が貴方様のお口からっあーーーーー!!尊い!!!しゅきぴ!!!!!

「きょうじゅろ、だぁいすき」
「よもや」
「!」

ちゅう、とほっぺに吸い付いた。
大変申し訳ございません。欲望に負けました。え、ほんと許してほしい。幼女のほっぺちゅーはノーカンだよね!だよね!?だいたい目の前でご尊顔が笑いかけてきて耐え切れるやついる!?我慢できねぇ出しゃばりなオタクで申し訳ないですけど!無理だわ!!

「えへへ〜」

凄い。煉獄杏寿郎の頬はまず体温がとても高くて暖かい。ハリがある。艶もある。弾力がすごい。むり、すごい。あっ、幼女ならこれも許されるよね!?よくあるもんね!?

「なまえ、おっきくなったらきょうじゅろのおよめさんがいい!」
「「!!?」」

がちりと兄弟の顔が固まる。
はっはーん、さては幼女のお嫁さんになるアタックは初めてか。

「おうちはいろ!」

すまんすまん、それは適当に流していいやつなんやで。これがフラグになるケースなんて実際はほとんどないから。
そんな意味を込めて急かせば2人ははっとしてそのまま歩き出した。私は煉獄さんの腕の中や。さいこう。

「なまえ、父上のところへ行ってくる。降ろすぞ」
「ん!」
「風呂か食事は用意しますか?」
「そうだな、軽食を頼もうか」
「はい!なまえ、手伝ってもらえますか?」
「うん!!」

残念風呂は無しか......お背中お流ししたかったんだけど、まあでも夜があるよね!!
お兄ちゃんが帰ってくると心なしかいつもより千寿郎くんは元気だし。きっと槇寿郎さんだって本当は安心してるのだろう。それだけで私は夜まで我慢できる。






「なまえもおいで」






嘘です、我慢できません。

「うん、いく!」

いやだってよ、帰宅して一息ついた煉獄杏寿郎だぞ!?いつの間に隊服から着替えた煉獄杏寿郎だぞ!?食後の煉獄杏寿郎だぞ!?縁側で佇む煉獄杏寿郎だぞ!!??おいでだぞ!!!!!しゅきぴ!!!!!

「きょうじゅろ、きょういっしょにおふろはいろ!」
「む?風呂?」

あ、いっけね。心が急ぎすぎたわ。完全に、少し話そうとしたのに斜め上が返ってきたぞって顔されてますわ。

「あのね、せんじゅろにおふろで、せなかきれいにしてあげたの。そしたらね、せんじゅろ、つかれたのなくなったって!だからきょうじゅろも、おしごとつかれたをきれいにしてあげる」

おい、どうだこら!流石にセクハラ発言すぎてやべぇ幼女に思われんぞって思った奴、これなら文句ねぇやろが!!

「そうかそうか、疲れがなくなるか!それは今日の風呂が楽しみだ!!」
「なまえもたのしみ!」
「そうだな!はっはっは!」

ひぇ〜煉獄の兄様優しすぎか〜!しかし、予約を取り付けた以上何人たりとも邪魔はさせぬ。
そう腹を決めた私の脳内は一気に入浴へとシフトした。刀を握るが日常の生活を送ってきたのだろうが意外や意外。子供とは言え女の子と断られる可能性はあったが流石にそこまで初心ではなかったか。

(まぁだいぶ性別云々以前の幼さだしな)


おかげで助かってますが。
さてはで今夜の目標は、背中を洗ってあげる(そして背筋を楽しむ)と、肩たたき(からの肩もみで手のひらで肌を楽しむ)と、髪を洗うのを手伝う(そしてオールバックの煉獄杏寿郎をおがみたおす)の3本でお送りしまーす!!うへ、想像しただけでよだれが出そうだわ。


「なまえは歳の割にしっかりしているな。関心関心!」
「だってなまえしっかりやさんだもん!きのうもね、きらいなおやさい、ぜんぶたべたんだよ」
「それは偉いな!」

優しく頭に乗せた手で撫でられてしまえば、顔はでれでれと幼女を前にしたおじさんのように、いや、幼女私なんだから逆では?いやもうどうでもいいや。

「えへ、きょうじゅろもっとなでて」
「よもや、しっかりものだが甘えん坊なところもあるのだな」
「あまえんぼうだめ?」
「いや、だめではないぞ!ただ、自分が為すべきことをこなすのも忘れてはいけない」
「じゃあなまえがちゃんとしてたら、きょうじゅろのえらいえらいしてもらえる?」
「ああ、いいぞ」
「わーい!」


きゅう、と煉獄さんに抱きついた。幼女の姿纏いし者、常に推しに触れる勇気を持つ......。ありがとう仏様。あの丈夫な隊服に羽織という出で立ちも好きだけれど、普段着もまた体のラインが大変分かりやすくて良いんですね。
これでもかと腕を伸ばしてひしと彼の腰にしがみつけば、ぎゅうと甘えてくっついているように見えたのか優しく笑ってその腕に抱き上げて貰うことができた。
彼は何かと私の体を持ち上げるが、もしや助けた人々みんなにこんなことをしているのだろうか。いや、惚れるだろう絶対。
こんな快活なイケメンが命を救ってくれて、身も心も案じて、命があったことを喜んでくれて、筋肉のついた腕に抱き上げてくれるんだぞッ!

「どうした、ねむいのか?」
「うん。おやすみしていい?」
「寝る子は育つという。よく寝るといい」
「ありがと。きょうじゅろ、だーいすき」

寄り添うように目を閉じればあっという間に意識は遠のいていった。ああ、素晴らしき睡眠時間。




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