ノブを回した。ガタガタと音をたてて何かに引っかかったかのように動かないそれを更に乱暴に動かしては体重をかけて強く押した。バキン、と音がして開いた扉を除けると急いで室内に入る。
「なまえ……!」
すぐに目についた彼女の名前を呼んで駆け寄った。目の前でしゃがみ込むとびくりと肩が揺れる。部屋の隅で、壁にもたれかかったままこちらを見つめる彼女の目は虚ろだった。
「待たせてごめん。助けに来たよ」
「……ぁ」
この部屋は何もない部屋、ではなかった。教材などの資料が僅かながら積まれている。場所を特定出来ないように幻覚のような何かで隠されいたのか。現にこの部屋は探索済みのエリアにあったのに今日教えてもらうまで認識出来なかったのだから、そう考えるのが妥当だろう。
「もう、大丈夫だから」
「……」
金魚のように口を動かすけれど、返事は何もない。
「なまえ。俺のこと分かる?孤爪研磨」
視線を同じ位置まで落とすと、ゆるゆると目が合わせられた。
「こ、……づ」
「こづめ」
「こ、づめ……」
「そ。こづめ、けんま」
「、づめ、……け……ま」
「けんま」
「けん、ま」
ふるりとまた震える肩。彼女は何日もこの文字通り何もない、外からの音や匂いみたいな刺激もろくに無い場所に一人でいたんだ。これはこれで、元に戻った時が心配ではあるけれど。
「ふ、ふふっ」
「なまえ?」
「ふふ、ふふふ」
「、」
偽者?そう考え始めた時、ふと冷たい床についていた手が握られた。驚いて手を引こうとしたところで、俯いた彼女の多分、目元なんだと思う。涙がぽろっと落ちるのが見えた。俺の手を握りしめた両手が持ち上がって、祈るみたいに彼女の額とぶつかる。
「ふ、ははっ……」
暫くじっとしていると不意に手が離されて笑い声が止む。俺から視線を外した彼女は壁を頼りにふらふらと立ち上がってドアの方へ歩いて行った。ぶつぶつと何かを呟きながら、ふらついた足で歩くその後をついていく。廊下に出たなまえはそのまま真っ直ぐ歩いてすぐ目の前の壁にぶつかった。ごん、と額を打ち付けたあとずるずると座り込む。
「なまえ、行こう」
「……」
なんの反応も示さない彼女の手を取って、もう片手は反対の腕を支えて立ち上がらせる。せめて安全なところに移動しなくては。
「ーー」
「?なに?」
「……たす、けて」
「俺が助けてあげるから」
「ごめ、なさ……助け、たすけ、て。ごめ、ん」
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