夢見 | ナノ




「っ」

嘘、嘘だ。
今いる踊り場から目の前に広がるのは階下の教室たち。昨日の、続き。
茫然とする私とこちらを急かすように振り返った孤爪君の目が合って思い出した。そうだ、逃げなきゃ。

「窓割れたのって展開的にあの飛び降りた子が上がってきたとしか思えないじゃん!」

昼間友人にぼやいた言葉が恐怖となって襲ってくる。静かに適当な教室の扉を開いた彼に続いて中に駆け込んだ。頭の中に沢山浮かぶもしかしてを聞きたいけれど、下手に声をあげたくない。そろりそろりと扉を閉めたところで、すぐそこの廊下に足音が響き始めた。

「早く出ておいで」

まるで迷子を捜すかのような普通の女の子の声なのに、怖い。ガラリと教室の扉を開ける音がしてハッと顔を見合わせた。二人して教室を見渡すけど、荷物一つない教室じゃ机の下なんて意味ないし、教卓も一人隠れられるかすら怪しい。今あの子がいる教室が多分、一つ飛ばして向こうだから時間はないわけではない。落ち着かないとと焦る私の制服の裾が不意に引っ張られた。
静かに彼が指差した先にあった掃除用具入れ。音が響くのが怖くてさっきよりも慎重に開けた。中はちりとりが一つ上の方に。あとは箒が2本引っかかっているだけでほぼ空洞だった。見つかったら逃げ場はないのが気になるけれど、それを小声で伝えようとした瞬間、隣の教室の扉を開ける音がした。もう迷ってる時間はない。
鍵もない不安な隠れ場所だけれど、その狭さとすぐ側に人が居ることが唯一の救いだったんじゃないかと思う。手を引かれるがまま、扉に背を向けて孤爪君と向き合うようにして中に隠れた。外の様子が見えないのも不安。だけれど見えていたら見えていたで余計なことに反応して声をあげてしまいそうでもあったからこれでいいと思う。

「いないの?」

ガラ、と。ついに扉が開いた。口を抑える両手に更に力を込める。聞こえてくる足音が怖い。じわりと目に涙が滲んでいった。孤爪君は怖くないのだろうか。いや、もちろん命の危機を感じるような状況で怖くないはずはないんだけれど、驚いて悲鳴をあげたり、そういう怖がり方をしているように見えなかったから。

「ねぇ……」

呟くような声が聞こえて、どんなに驚いても声が出ないように息を止めた。早く、早く出て行って。

「どこに行ったのよ!!」

外で机や椅子が大きな音をたてた。びくりと大きく体が跳ねて、慌てたように孤爪君が私の両腕を押さえる。危なかった、もし息を止めてなかったら絶対に声をあげてしまっていたはずだ。
その後もあの子はぶつぶつと何かを呟きながら、前方の扉を開けて出て行った。小さく息を吐き出して新しい酸素を吸う。気が抜けて零れてきた涙を袖で拭って孤爪君を見上げた。まだ向こうで教室を探し回る音がする。いつ出ればいいのか、タイミングがまったく分からなかった。

「出よう」

呟くよりも小さな声のあと、私の後ろへと回った彼の手がそっと、扉を開ける。ゆっくり外に出るとすぐに彼は外の様子に耳を済ませた。足を震わせて様子を伺うだけの私とは大違いだ。暫くして立った孤爪君が耳元に顔を寄せてきた。

「来た道、戻るよ」

こくこくと何度か頷いて自分も耳を尖らせた。音がして、少し顔を覗かせて廊下を確認した彼が振り返りながら走り出す。私も急いで後を追った。さっきよりも震えで全然足に力が入らなくて、体重を前に傾けてそれを無理矢理動かした。

(早く、早く上の階に)

階段の手すりを掴むと体重を預けることができるからか少し楽になった。元来た道を戻って一つ上の階。彼は更にもう一つ上へ上がると、生徒指導室と書かれた小さな部屋へ入って行った。ガチャリ、という音と共に床に座り込む。

「ここなら鍵がかかるから」
「鍵、壊されたりしないの?」
「うん。鍵をかけた部屋には入れないようになってるみたい」
「そう、なの……」

ばくばく言う心臓を制服ごとぎゅっと抑えた。

「助けてくれてありがとう、孤爪君」
「別に……研磨でいい」
「うん」

よろよろ立ち上がってパイプ椅子に腰を下ろすと途端にどっと、疲労感が落ちてきた。

「寝ても休めないとか……」
「なまえ、気付いてる?」
「え?」
「ただの夢じゃないって」
「正直まだ3回目だから偶然かもって……思いたいけど、違うんだよね」
「俺は7回目。これ、ホラーゲームだよ」
「ホラーゲーム?」
「決まりごとがある。鍵のかかった部屋に入ってこれない、とか」
「じゃあゲームみたく、このエリアまで追ってこれないとかあるかな」
「多分」

さっきのは分かんないけど。
そう言うと孤爪君はそのまま黙り混んでしまった。自分が置かれている状況は理解できているつもりだけれど、それが正しいものなのか分からない。

「孤爪君は、私と同じように寝てる間ここに閉じ込められてるんだよね」
「うん」
「孤爪君が先に寝た時って、どうなるの」
「……俺、今日1時半過ぎ」
「私は23時半ぐらいだったけど……」

特に私だけ先にって事はなかった。孤爪君も前回と同じ位置で続きから始まったように見えたし、本人もそう思っていたのだろう。ここでの意識がはっきりしたのはほとんど同時。だとしたらもし私が明日寝なかったらどうなるんだろう。そんな疑問を投げかけようとした瞬間、


「………………朝」


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