夢見 | ナノ




どんっという音とぐしゃっという音が同時に響いた。窓の向こうにもう、顔はない。

「っ!?」

そこでハッとして辺りを見回した。位置から見ても変わりないあの夢の続きだ。

「も、最悪……」

怖くて窓の外は覗けない。あんなものを見てしまった以上、無闇に校舎を歩き回るのも嫌だ。

「そうだ、昨日の」

昨日聞こえた声の人はどこ。もし続きなら何処かに居るはずだ。夜の校舎がここまで何も見えないとは思わなかった。せめて周りに街灯でもあれば違ったかもしれないのに。

「誰か……いま、せんか……」

怖くて余り大きな声を出せない。小さく震える手を握り締めると、少ししてから人の気配がして、ぼんやりと影が動くのが見えた。こちらに近づいてくるシルエットは決して大きくはないけれど、妙に安心感を感じる。
よかった、人だ。そう思うと同時にその人の姿が少しずつ目に馴染んでいった。染めっぱなしの金髪に男の子の割には小柄な体躯を包む制服。猫のようなつり目だけれど、大人しそうな印象だった。

「こ、こんばんは」
「……こんばんは」

いざ目の前に人が来るとどうすればいいか分からなくなった。だってこれ夢、なんだよね。それが分かってて知らない人に泣きつくのもなんというか、夢って自覚しているせいで凄くやり辛い。

「えっと……ここの学校の人ですか?」
「違う。音駒」
「音駒……あ、都立音駒?」
「知ってるの」
「近くにある雪蔓第一に通ってて」
「へぇ……」

見た目通り、というか予想以上に口数の少ない子だった。こちらを観察するように時折向けられる目線が少し、居心地が悪い。初対面の人が特に苦手かと言われるとそうでもないのだけれど、明晰夢である以上、今の状態について話すのもごっこ遊びをしているような感じがして妙だし、だからと言って世間話するのとも違うと思うし、だいぶ話題に困るのだ。

「わ、私、みょうじなまえって言います。名前教えてもらってもいい?」
「孤爪、研磨……」
「孤爪君」
「……」
「えっと、ここから出れるかな」
「さぁ」

分かんない。その呟きにちょっとだけ困った顔になった。まぁ誰か居るか、鍵が空いてれば出れるし、でも黙って帰してくれるかは微妙だし、曖昧な質問だったから。取り敢えず校門まで行こう。内側からなら鍵開けられるだろうし、何よりこれは夢なんだから。

「じゃあ、取り敢えず校門まで行ってみるよ」
「校門からは出れない。もう試した」
「……え?」

彼も此処を出ようとしていたこと、そしてさっきの曖昧な返事と矛盾して聞こえる発言に瞬きをした。

「外に出ても、また中に戻ってる。フェンスからも駄目」
「うそでしょ……」

そう言われてつい、窓の外を覗いてしまった。昨日見たあの女の子のことを思い出したのはその直後で、慌てて引っ込めようとした体が瞬間凍りついた。

「ひっ」

よたよたと後ろにもつれそうになった足でなんとか踏み止まる。不思議そうな顔をして同じく下を覗き込もうとした彼の腕を咄嗟に握った。

「い、移動しよう」
「何があったの」
「移動、し、しながら」
「……こっち」

先頭をきって歩き始めた彼の掴んでいる腕に引っ張られる形になって、慌ててそれを離した。隣に並ぶとそれで、と見下ろされる。

「昨日、屋上から飛び降りた女の子とそこの窓で目が合って……さっきつい、下見ちゃった時に、その、死体が……動いて、こっち見たように見えたの。気のせいだとは思うんだけど」
「分かった。走って」
「あっ」

置いてかれないように同じく走り出す。彼は階段から一つ下の階に降りて行って、私も段差へと足を踏み出す。踊り場から目的の階が見えた時、後ろの方から窓ガラスの割れる音がした。いつもなら咄嗟に振り向いてしまっただろうけれど、置いていかれないために、そして何より嫌な予感が私をひたすら前へ進めと押し出した。


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