私が気付いた時には中学生になってた。両親はいないけど資金潤沢とかいうありがちなパターン。これが結構面倒くさいのだ。
「......」
ぱたん、と閉じたのは冷蔵庫。
お腹が空いたのにこれと言って食べたいものがない。もっとこう、がっつりお肉とかチーズとかスナックとかそういうのを食べたい気分なのに。
買うと食べ過ぎるから、とか女子っぽい言い訳をしてお菓子を棚に戻した私馬鹿か!
「あ〜〜お腹すいたのにめんどくさい〜〜」
日課のランニングを終えて外は暗い。シャワーまで浴びたのに!出掛けたくない!でもお腹すいた!そう喚きながら渋々スニーカーに足を通している辺りやはり胃袋は強し、といったところか。
溜息1つスーパーまで。こういう時に私の個性が自分丸ごと移動できるものだったらよかったのにと思わざるを得ない。
そんなテンションが低く気怠げなまま入り口のカゴに手を伸ばし、誰かの腕とぶつかった。
「すみませ......あ」
「ごめんなさいね。......顔に何かついてる?」
「えっ、あっいや」
目の前にいたのはうちのクラスきっての問題児、爆豪くんの母親だ。思わず声をあげたばかりか、つやっつやの肌をじろじろと見てしまっていたらしくはっと首を振る。
「すみません、不躾に。つい気を抜いてて」
「口煩い叔母さんで悪いけど、1人?もう暗いし気を付けないと」
「、」
説教じみているわけでもないのに、その言葉にピンと背筋が伸びた。明朗快活、でも正しいことを言ってる。なんだろう、こう、爽やかになった爆豪くん?とか思ったところで想像が斜め上に行きすぎてぞぞっと鳥肌がたったので意識を目の前の人へと戻した。
「ごめんね。うちに同い年くらいの息子がいるもんだからさ」
「いえ。ご心配して下さってありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると今度は私がじっと見つめられる。
「あの?」
「あーごめんごめん!あんまりいい子だからうちの息子に爪の垢煎じて飲ませた方がいいかと」
「そんなそんな」
......そんなことちょっとあるかも。
「引き止めてごめんなさいね。それじゃあ」
「あ、はい。それじゃあ失礼しま」
「おい、カゴ取ってくんのにどんだけチンタラして.........あ?」
横から聞こえた馴染みのある声に顔が引くついた。そりゃほぼほぼ不純な動機で雄英入るくらいだから嬉しい展開っちゃあそうだけど、お母さんといるところとか絶っっっっっ対あとがめんどくさいやつじゃんこれ。
「こ、こんばんは。爆豪くん」
「なに、勝己の知り合い?」
「クラスメイトのみょうじです」
「クラスメイト!?凄い偶然!」
「おい、だらだらくっちゃべってんじゃねぇよ!!」
「あんたは煩い!全く......みょうじ、名前は?」
「なまえです」
「なまえちゃん。素敵な名前ね。うちのこんなんで煩い奴だけど、よろしくね」
「とんでもないです。こちらこそ」
ぱぁんっと頭を叩かれてからじわじわとイライラを募らせていく爆豪くんに、そろそろ潮時か、と手短に会話を切り上げる。
「すみません、そろそろ失礼します」
「あっ折角だから帰り!こいつに送らせるから」
「あ!?なんで俺がンなことしねーといけねぇんだよ!」
「女の子に夜道歩かせんじゃないよ!!」
「1人でぷらついてるこいつが悪ィだろうが!」
「あ、あの、私このあと買い物もあるので。爆豪くんのお母さんも1人じゃ危ないですから本当に......」
「じゃあ買い物もついてカゴ持ってやんな!私は主人呼ぶから」
ばしばしと爆豪くんの背中を叩いてお母さんがスーパーに消えていく。いやあ、爆豪くんのお母さんだからあんなに力強いのか、お母さんが力強いから爆豪くんもこんな性格になったのか。
「爆豪くん、私ほんと1人で平気だから。じゃあまた明日」
「......チッ。寄越せや」
「おお」
「ンだよその反応は!文句あっか!?」
引ったくるように奪われた空っぽのカゴ
恐らくは、勿論母親に何か言われるのが面倒という理由が大きいのだろうけれど、女である私が夜道を歩くのが危ないというのも視野に入れた上で受け入れてくれたのだろう。こんなできた子そうそう見たことないわ。
「爆豪くん、ヒーロー向きだねぇ」
「あ?馬鹿にしてんのかてめぇ」
「褒めてるんだって」
(ガン飛ばされると凄い怖いけど)
「ちょっと夜ご飯買いに来ただけだからすぐ済むよ」
「おっせぇ夕飯だな」
「爆豪くんもう食べたの?なんだった?」
「なんでもいいだろ」
「ケチ」
「誰がケチだてめぇ!」
「ごめーん」
冷凍コーナーが見えて、駆け足で寄ってチンするだけの画期的なご飯を、ついでに非常食分も合わせてカゴに入れる。
がっと眉間に皺を寄せて中身を見た爆豪くんが手元にあるそれを何秒か見つめた。
「ふざけてんのか」
「きっと相澤先生よりはマシだよ」
それから買い物を終えると、彼は打って変わって荷物を持たずにさっさと歩き出した。
カゴは母親の目があることを考えて持ってくれただけなのだろう。確かに家まで送るように言うくらいだ、店内であった時に彼が手ぶらだったら何か口を出していたに違いない。
ここまで警戒させる辺り流石お母さん。母は強し、である。
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