君指 | ナノ




「いやぁしっかし無気味やなぁ」
「そうですね」
「......」


緊張した面持ちを感じさせない会話をする2人をじっと見つめる。なんだろう、警戒はちゃんとしてるみたいなんだけれど、余裕があるというかなんというか。

この雰囲気を見てると、大抵のモンスターパニックでよくある行きはモンスターに気付かないほど安全で帰りは襲われまくってやばい、を行ってる気がしてきた。これが行き道に当たるんじゃないかなっていう今は平気という安心感と、帰りは地獄へようこそ!みたいな展開が待ってるんじゃないかという不安が............。


「足は本当に大丈夫なのかい?」
「へ」

赤司くんに突然話しかけられて思わず間抜けな声が出た。そういやこの人もなんか全体的に有能さが滲み出てて強そう、とかアホなことを考えているうちに彼の視線が下へと落ちて、つられるように話題の中心となった自身の足に視線を落とす。ありがたく絆創膏を貼ってもらったそこは、先の探索の逃走時に階段で転げ落ちて(というとちょっと大袈裟だけど)できた傷だ。


「本当に擦り傷だけで、歩くも走るも問題ないよ。流石にこの状況下で負担を隠すつもりもないし」
「うん、君は恐怖心に耐えて上手くやってくれているからね。そこは心配していないが、やはり見えないところで体に負担がかかっているケースもあるだろう」


運動部だからか余計に心配なんだ、と肩を竦める様子に納得して頷いた。凄い。心配しつつ、釘を刺しつつの私の頑張りもちゃんと認めてくれる自然な流れ。

(できる男だ......)

と、前方組の足が止まる。
ここまで比較的悠長にしていられたのは体育館に近く、かつ一本道を歩いていたからだ。この辺りから道の分岐や教室が増えてくる。

「鍵は変化なしですね」


私に代わり持ち歩いている黒子くんが見落としてそう言った。曰く彼はみんなが見失うほど影が薄くて、幽霊にもワンチャンあるから少しでも安全な可能性の高い人に渡した、というわけだけれど。

私からしたら見失うほど影が薄いとかよく分からないし、というかこの人数で見失うとかないと思うんだけれど。
つまるところその片鱗を感じたことがないからそのスタンスで大丈夫なのか不安なのだ。


「ま、出てないっちゅーなら片っ端から回るしかないやろ」
「では今から20分程のタイミングを目安に」

現状考えられる条件は、部屋の近くにいるか、化け物に近づいた時か、時間経過。有力なのはその辺りだ。合わせて私が手にしているという条件が課されるかもしれないと言われた時の絶望感や計り知れず。

さっきは通らなかった道を中心に歩いて回るがやはり校舎は無気味なまま。そもそも夜の学校にあまり残っていた試しがないのだけれど、居たとしても先生も生徒もいる普段の校舎しか知らないから余計だ。

響くのは自分たちの微かな足音や呼吸の音くらい。外の音なんてものが一切ないのもよくよく考えると不自然だし、モンスターがいるのにも関わらず近くまで大して音が聞こえないのも君が悪い。


(なんだかな、)


不安だ。さっきもそうだけど、何故かひとり他人だった私が探索に必須な人間としてカウントされてて、その私は体力はないし、ビビりだし、足も速くない。だからといって機転が効く方でもなければ頭の出来も凡人クラス。
さっきのロッカーでは、まるで心霊番組の再現ドラマに出てくる取り憑かれそうになってる人、みたいな意識の混濁もあったし。

ふるりと体が震えた。気を抜くとさっきから、恐怖のままに座り込んで動けなくなってしまいそう。耐えるように握り込んだ自分の手に爪をたてて痛みに集中する。
大丈夫、私が探索に必要だからこそこの人たちは見捨てたりしない。それは下手な信頼よりも余程強い安心感を与えてくれる。

頭ではそう、分かっているのだ。
分かっているのに。


「上登りましょうか」
「はい」

1階を見て回った後だから比較的安心して上だけに集中できる。けれど心臓はバクバクして落ち着く気配がない。


「あ」
「出たか」
「いえ、それが」

落ち着いた声に足がぴたりと止まる。
あと2段足りず階段を登りきらない中途半端なままの状態のまま、差出された黒子くんの手の中にある鍵を覗き込む。


「よめない」

恐らく鍵の名称が書かれたであろう紙がセロハンテープで貼り付けられている。しかし、インク染みがあるくらいで文字は読み取れない。

「時間はまだですね」
「あとは場所か」
「せやな。氷室、頼むわ」

頷いて黒子くんと2人、1階に降りて暫くすると再度上がってくる。

「2階に登り切ると変化しますね」
「あとは彼女か」
「あ、はい。どのくらい離れればいいですか?」
「取り敢えず1階まで降りてみようか」
「ほんなら一緒に行こか」
「あ、お願いします」


今吉先輩にくっついて階段を降りると直ぐにストップがかかった。


「1階まで階段を降りきると駄目だね」
「直線距離もはかっとこか」
「でしたら僕も行きますよ」
「赤司がおるんなら安心やなぁ」


2階の階段で立ち止まったままの黒子くんと、えっと......泣きぼくろの、氷室さんだ。その2人を置いて今度は2階を歩く。前に赤司くん、後ろに今吉先輩。安心感が凄い。
2つ目のクラスを超えたところで振り返ると後ろからバツのジェスチャーが返ってくる。


「つまるところ......」
「みょうじさんが1階層、若しくは2クラス分離れるとアウト」
「難儀やな」


さらりと流れるように私の探索メンバーレギュラー化が決まり体が震える。気遣ってくれてるのも分かるから私も誤魔化すように笑ってみたけれど、漏れるのは乾いた声ばかりで直ぐにそれを引っ込めた。

今回だけで、次は、この先は私がいなくても大丈夫かもしれない。まだあるなんて思いたくもないけど、でもせめて、


「できる限り怖い思いをさせないように頑張りますから」


ふと聞こえた声に顔をあげる。
鍵をぎゅっと握った黒子くんを見上げる。線の細い文学少年のような佇まいの彼が真っ直ぐ私を見て、まるで子供を安心させるみたいに優しく微笑んだ。


「黒子くん......」
「必ずみんなで帰りましょう」
「............徳が高い」
「ぶふっ......徳って」
「いや、僕はそんな大層な人間ではないですが」
「ううん。お陰でもうちょっと頑張れそう。ありがとう」
「それなら良かったです」

くすくすと小さな声で笑って少しだけ心を落ち着ける。そもそもこの校舎で話していられるのが大きな進歩なんだ。

「さて、じゃあ2階をもう少し見てみようか」
「はい。行きま、あ」
「え」
「ん?」

なんだか和やかな雰囲気になって足を踏み出した途端。またも声を上げたのは黒子くんだ。


「滲んだ文字が消えました」
「へぇ。となると、......上か」
「まあ、さっき歩いた感じやと2階も問題なかったしな」

頷いて、更に上の階へと登る。

が、その先にあったのは廊下ではなくドアだった。磨りガラスの向こうは暗くてよく見えない。


「屋上......?」
「いえ」

ぽつりとそう呟く声に応えるように、黒子くんが続けた。

「プールです」



ーーー


見事目の前のドアノブにハマった鍵を開けて進んだ先、目の前に広がるプールはまるで、掃除して水を溜めたばかりのような清潔さでそこに広がっていた。

くるりとプールサイドを一周して、何も起きないのを確認した私たちの視線は風ひとつなく波紋もない、その水場に注がれる。


「まさかこの中、とか」
「ありえない話ではないな」
「特に何も見えないけど......また鍵だとしたら入ってみないと分からないな」
「僕が入ってみましょうか?」
「せやけど前回はみょうじさんやないと反応なかったんやろ?」
「......はい」
「今回もそうしたほうがええんちゃう」


確かに。言ってることはもっともだ。

しゃがみこんでプールを眺めてみる。
別に私は特別泳ぎが上手いわけじゃないけどカナヅチというわけでもないし、見たところ普通の学校のプールの深さだ。入ってみたら思いがけず深いなんてこともないだろう。

問題はもっと別の所にあるわけで。


「まぁ1人で入って何かっても手詰まりや」


例えば、プールに入ったら中に何かが現れたりとか。例えば、中に入ったら急に深くなったりとか。例えば、


「それじゃあ誰かが一緒に入ればいいですよね」


水の中に突き落とされたりとか


「それじゃ、」

ばしゃん!と大きな水音がした。
不自然な体制のまま沈む彼女を見て、振り返ったような彼女の視線の先に誰もいないことも確認をして、そして飛び込んだのは今吉だった。


「みょうじ!」
「っは、ぁ......大丈夫です!つ、突き落とされて!」
「そうか......」

遅れて入ってきた彼に助けられるよりも早くすぐに浮上することができた。足がつく。本当に大した深さじゃなかったようだ。
ここまで何もなかったから余計、突然の出来事に脈拍が物凄いことになっている。

駆け寄る、といっても突き落とされただけだからいるのはプールサイドにすぐ上がれる位置なのだけれど、来てくれたみんなに無事を伝えてそのまま見回す。
突き落とした人の影は見当たらないが、確かにあの感触は残っている。


「一度上がってください。中を調べるにも靴も履いたままですし」
「あ、」

そうだ。室内履きの靴も、ブレザーから下着までもが濡れ鼠。
ざばざばと水をかき分けて上にあがろうと体重を腕にかけて持ち上げた瞬間、


「ひゃ」

どんっ、と肩に強い圧を感じた。
また全身水中に逆戻りして立ち上がる。

「またか?」
「今吉先輩、あの、いま肩を押されて」
「......試してみるわ」
「え、でもそこそこの強さで」

もし怪我をしてしまったら、そう言い切る前に彼が手をついて同じようにして上へあがろうとする。

腕に体重をかけて、体を持ち上げて、

押される。そう思って身構えたものの、彼は何も無いように片足をプールサイドに持ち上げ、両足をついた。


「上がれましたね」
「せやな。......みょうじさん、取り敢えず一緒に中、探してみよか」
「え。あの、......はい」

このまま上がれない?あの衝撃に耐えられればいけるのかな。そんな不安が頭に浮かぶ。
靴や羽織っていたジャージを脱いで再度プールに入ってきた今吉さんに習って私も靴を脱ぐ。

(ベスト着てるし、ブレザーもいらないか)

同様におけば、べちゃりと水を吸った生地が横たわる。


「一旦潜ってみよか。みょうじさん、水の中で目ェ開けられる?」
「はい」
「触るで。何かあったら合図せぇ」

みんなに背を向ける形で立って、直ぐに反応できるようにだろう。今吉先輩が肩に手を回してくれる。
水面から見た限り怪しいものは無さそうだけど、それでもやっぱり怖さはあるから誰かに抱えられているような安心感があるのは嬉しい。


「い、いきますね。せーの、」


身をかがめた瞬間、音が変わる。
水中に潜った時の独特の音。

反射で瞑ってしまっていた目を開けて辺りを見回す。暗い。そうだ、今は夜だ。けれど全く見えないわけじゃなさそうだ。なんだろう、月でも出てたのかな。近場くらいなら少しは見えないこともなさそうだけれど。

(また鍵とかだったら見つかるのかな)

少しでも遠くの方に視線を向ければ、暗く何も見えない水中が広がるだけの光景が目に入って本能的に恐怖を感じる。

何度か移動しては潜って手探りに探すことを繰り返すが、どうにも進んでいる気がしない。


「みょうじさん」
「?」

体温も少しずつ奪われていって溜息を吐きそうになった時、名前を呼ぶ声と共に強い小さな明かりがプールに向けられた。

「懐中電灯ならありました。少しはやりやすくなりますか?」
「黒子くん、ありがとう!」

プールにばかり夢中で探しにいってくれていたことすら気付かなかった。ついもうひとりくらい手伝ってくれないかな、なんて思ってしまったけれど、彼ともうひとりが探しに行ってくれて、ひとりがプールサイドで見張りをしてくれてたんだろう。

「少しこの辺り照らしてみてもらってもいい?」
「はい」

大きく作業が進むわけじゃない。懐中電灯といっても明かりの強さには限界があるし、昼間のプールとは訳が違う。
でもせっかく探してきてくれたし。

そんな思いでもう一度潜った時、ライトに照らされたプールの底に何かの影が過ったように見えた。


「っ、!?」

ざばりと荒い音を立てて思わず今吉先輩にしがみつく。慌てて周りを見回すが、怪しいものはなにも見当たらない。

「どないしたん?」
「プールの底に、影が見えたような気がして。......もう一度、潜ってみます」

またせーの、の合図で一緒に潜ってプールの底を凝視する。


(あった!生き物じゃなさそう、かな)


指をさしてみるも今吉先輩には見えないみたいでジェスチャーでばってんを作って見せられる。

影は生き物ではなさそうだった。
懐中電灯に照らされて、まるで水面に浮かんでいる物の影みたいに、何かの影がプールの底にうつっているのだ。

近付いて、影を直接触ってみる。
けれど特に何も起きない。起きたら起きたで怖いのだけれど。


(何か、何かありそうなのに)

ぺたぺたと影の浮かぶプールの底を触り上を向く。何もないけど、何かあるはず。あるはずなのに見えない。なのに影はある。

訳がわからない。
どういう事なんだろう。


(ライトがあっちから、影はここだから......場所的にはここに)

指で光の軌跡を辿り、水面へと手を伸ばす。
見えないだけでさわれはしないだろうか。そんな淡い期待を持った瞬間、指に何かが触れた。無機質なそれを握り込んでざばりと立ち上がる。


「!!あっ、た......!」



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