君指 | ナノ


机と小さなピアノしか置いてない部屋で呆然と外を見張り続けた。まだ心臓がどくどくいっているのが分かる。
みんなは、どうなんだろう。廊下から目を離すのが怖くて視線を動かすことができない。ぎゅっと手を握りしめると隣に高尾君が座った。ちらりとそちらを見て、すぐに視線を戻すと小声でどうしたのと問う。

「俺担当分は終わったから待ってろだってさ」
「そっか」
「変わるよ」
「ありがと」

隣に人がいるだけで少し肩の力が抜けるような、少し安心した気持ちになる。交代を買って出て私と場所を交換してもらうと、強く握りしめた手が自然と解けた。
反対の扉を見ると、いつの間にか見張りは花宮先輩がしていて、笠松先輩と赤司君が窓際で小声で話している。
見回したところであまりに何もない部屋だ。手持ち無沙汰になって鍵を取り出す。銀色のそれを摘んで掌の上でくるりくるり、と。

「え」
「?どうかした?」
「この鍵さ、」
「こっちに走れ!!!」

瞬間大きな花宮先輩の声が響いた。反射的に私よりも早く立ち上がった高尾君に手を引かれ、私も花宮先輩のいる方へ駆け出す。ちらりと見えたすぐそばのドアのガラス越しに、血走った目玉が私を捉えた。

「っ」

がしゃんと窓硝子の割れる音と同時にドアが教室側に倒れる。すっかり破壊されたそれを踏み越えた室内に侵入する音が背後からした。
引っ張られるまま走りながらもう一度だけ鍵に目を落とす。やっぱりだ、間違いない。

「鍵にっ、B教室って……!」

花宮先輩のいたドアから廊下に出ると、引っ張ってくる高尾君に鍵を見せる。

「けどアイツどーにかしねーとなっ!」
「ぅおりゃあ!」

最後に教室を出た笠松先輩が机を思い切り投げつける。

「物理攻撃いけんぞ!」
「みたいっすね!」
「……っ」

ここから体育館はそこまで遠くない。鍵に書かれていたB教室がどこなのかは不明だ。ただただみんなに着いていくのに必死で、恐怖で一度止まったら二度と動きそうのない足をひたすら動かした。

「撒くぞ」
「分かりました」

階段を降りる。その途中で足が崩れ落ちた。

「しまっ」
「なまえちゃん!」

数段滑り落ちて足に摩擦と段差に当たった痛みがはしる。

「平気!」

立てないほどの痛みではない。寧ろ痛みで少し無気力感が薄れた。すぐに立ち上がって振り返った高尾君に頷きかけると、さっさと下に降りている花宮先輩の方へ段差を下っていく。

「走れるな」
「はい」

足音がなかなか小さくならない中、入ったのは1階2年生教室の真ん中。2-2と表示されたそこには大きなロッカーがあって、花宮先輩に手を引っ張られる体をそこには押し込む。前方に花宮先輩、後ろに高尾君。3人が限界だったから笠松先輩と赤司君は別のロッカーかどこかに隠れたのだろう。

近付いてきた足音は廊下に出た段階で私達の姿が見えなくなったからだろう。また先程と同じように教室内を見ては歩き回ることを繰り返しているようだった。
恐らく撒けたはず。けれど、確実に気付かれていなかった自信があったにも関わらず見つかってしまった事を考えると今回も気は抜けない。

そもそもさっきはなんで見つかった?ドアの前に立つ、その瞬間まで気付けなかったのは?

考え込んでいたせいか、外の音にびくりと肩が震える。危うく声が出るところだったと緩んでいた口元の手でしっかり蓋をする。
この教室付近まで近付いてきたのだろう。移動しているのが音でわかる。不意に花宮先輩が私を掴んでいたてを引き寄せてぐっとロッカーの奥に押し込むように抱き締めてくれた。
不意に感じた体温に安心感、そして吊り橋効果なんて存在しないことを実感する。だって今もただ考えるのはすぐ外にいるあれのこと。抱き締められて花宮先輩が壁になっているから、もし見つかっても初撃は避けれるかなぁなんて考えしか浮かばない。
ああ、そうか。彼は盾になってくれているのだ。私は鍵を使うにあたって必要項目だから。……本当に嫌になる。全部私にかかってるみたいなこの状況。相田さんや桃色の髪をした女の子は体育館で待ってるだけなのに、信用してもらえないうえに、こんな目に合うなんて。

「……行ったか」
「俺様子見てきますわ」

僅かに開けた隙間へ体を滑りこませ高尾君が外に出る。少し外から明かりが差して、すぐ目の前に花宮先輩のジャージが映る。
この人や、さっきの金髪君は分かりやすい。私が必要だから利用する。私が不審だから突き放す。そうやってみんな計算ずくで、嫌悪のままに扱ってくれればいいのに。

優しくされるとわけが分からなくなる。嬉しいのに、本当は私のことを疑っているんだって信じることが難しくなる。どうして私とは仲良くしてくれないの?可愛いあの子はみんなに囲まれて守られている。どうしてこんな目に合わなきゃいけないの。怖い、つらい、痛い、苦しい。そんなのばっかり。

「……ぃ」

頭の片隅に音が聞こえた。
誰かの声だ。

「おい、聞いてんのか!」

小声で、けれど少しイラついたように掴まれた左肩を揺さぶられる。声の主は私より少し背が高くて、視線を上に持ちあげた。

「……」
「……おい。お前、どうした」
「どうしたんですか花宮さん」
「チッ」
「なまえちゃん、どうかした?」
「なまえ……」

心配そうに私の元に駆け寄ってくる人たち。けれどその名前は私のものじゃない。私は、

「っ、痛い痛い!はっ花宮先輩ストップ!」
「……」

ぎゅうっと思い切り頬をつねられて慌てて花宮先輩の手を叩く。痛い、涙でそう。

「ちょっと花宮先輩、謝罪はないんですか」
「喚くとまた寄ってくんぞ」
「っ」
「……行くか」

いやいや何でみんな仕方ないみたいな顔してるの?え?まだヒリヒリするんですけど?

そんな私の不満の表情を分かってるくせに、黙って背を押されるがまま教室に背を向けた。


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